13 お妃様候補との面会
「それはやっぱり私に敵意をもって、話をしに来るのでしょうか?」
寝ていたってどうしようもない。私は力が抜けた体をなんとか起こし、リディアさんに問いかけた。
「一応、面会理由は、リコが倒れたことを偶然知って、お見舞いをしたいということでしたが。本心は会ってみないとわかりませんね」
「そうですよね……。その、私に会いたいという人は、どういう方かわかりますか?」
体調不良を理由に断ることもできるだろうけど、貴族の申し出を拒絶したと、よけいに怒らせてしまいそう。それなら会う前に、少しでも相手の人となりを知っておきたい。それを聞いたリディアさんは、朝食の準備をしながら説明してくれた。
「アビゲイル様という方です。彼女の父親は前竜王様の補佐をしていた方で、この国でもかなり高位の貴族です。彼女も社交界の花と言われるほど美しいご令嬢で、貴族女性たちのまとめ役のような人ですね」
「そんなすごい方が私に面会を?」
「おそらく妾になったという噂の真偽を確かめに、リコに会いたいのだと思います」
リディアさんの話によると、食堂に朝食を取りに行ったさい、たくさんの同僚たちに噂について聞かれたそうだ。お妃様候補のパーティーのために残っている女性たちは、そうとう混乱しているようで、侍女たちもどうしていいかわからないらしい。
「代表して私に会いに来るということでしょうか?」
「そうですね。アビゲイル様はお妃様に一番近い方だと言われていて、貴族女性の憧れの的ですから。彼女からリコが妾になっていない事を説明すれば、みんな納得するでしょう」
「お妃様に一番近い方……」
リディアさんが何気なく言ったその一言で、私の胸にズンと重りが乗ったような気持ちになる。
(お妃様になるのは拒絶してるくせに、こんな気持ちになるなんて馬鹿みたい……)
ベッドに小さなテーブルが置かれ、綺麗に盛り付けられた朝食が並べられる。普段なら大喜びしそうなその料理を見ても、私の気持ちは沈んだままで食欲が出てこない。
「歴代のお妃様はたいてい高位貴族の女性から選ばれます。そのなかでもアビゲイル様は容姿端麗でこの国の歴史も積極的に学んでいますので、たぶんご両親の期待もあるかと……」
そう言うリディアさんも日本にいたら美人の類に入る。シリルさんも美形だし、竜王様なんて時々彫刻が動いているんじゃないかと思うほどだ。そんな人たちの中でも容姿端麗と言われるのだから、アビゲイル様はそうとう美しいのだろう。
「リコはまだ体調が不安定ですから、お断りいたしましょうか?」
ようやく食事に手をつけ始めた私を見て、リディアさんは心配そうにしている。彼女がせっかく用意してくれたのに、これじゃダメだ! 私はパクパクと勢い良く食べ始めると、ニッコリと笑った。
「大丈夫です! 食欲もありますし、元気ですから面会します」
「……わかりました。では、ここでは会えませんから、最初の客室のほうにアビゲイル様をお招きしますね」
そこからは美味しいはずの料理の味がまったくしなかった。それでも私のために用意されたものだ。残さず食べ、リディアさんに身支度を手伝ってもらうと、最初に泊まった客室に向かった。
一日ぶりのドレスは、やっぱり私には分不相応だ。歩くのもぎこちなく、慣れていない。なんとか椅子には座ったけど、歩いた瞬間にボロが出そうだ。
「もうすぐ約束のお時間ですので、お茶の準備をしてきます。リコはこちらで、くつろいでいてください」
「わかりました!」
(座ってニコニコしていれば、相手に失礼にならないわよね)
とにかく良いイメージで無害だと伝えよう。実際に私が妾になったというのは嘘なのだから、堂々と答えればいい。胸に手を当て、緊張をほぐすように深呼吸をする。すると、扉からコンコンとノックの音が聞こえた。
「迷い人リコ様にお客様です。入室の許可をお願いいたします」
案内人の声が聞こえ、リディアさんが対応している。アビゲイル様がもうすぐそこまで来ている。最初の挨拶の言葉を頭で繰り返し、再び呼吸を整えようとした時だった。
『ふわぁ……ママ、お客さん?』
「うっ!」
(嘘でしょ! もしかして今起きたの?)
絶妙なタイミングで起きた竜王の卵が、興味津々の声で話しかけてきた。それでももう彼にかまっている暇はない。私はあわててお腹に話しかけた。
「そう! だから絶対に動いちゃダメよ」
『また〜?』
卵くんはすごく不機嫌そうだけど、なだめている時間はない。カチャリとドアが開く音がして、人が入ってくる気配がした。
(き、来た!)
あわてて笑顔を作り、顔をあげてドアのほうを見る。コツコツとかすかに靴の音がして、遠目でもわかるくらいスタイルの良い女性が部屋に足を踏み入れた。私を見つけ、大輪の花が咲いたようにほほ笑むその姿は、竜王様と同じくらい美しかった。
「初めまして、迷い人様。わたくし、アビゲイル・リプソンと申します。今日は体調の悪いところ、お会いするお時間をいただき、ありがとうございます」
艷やかなブロンドの髪に、すみれ色の瞳。全身が光り輝いているように見えるほど、彼女の姿は美しく、それでいて気品にあふれていた。着ているドレスはシンプルで、しかも大きな宝石を身に着けているわけではないのに、目の前の彼女はとても華やかだ。
(この人は、竜王様と同じタイプなんだわ……)
ひと目見ただけで、周りの人を魅了することができる人。あの気の強い貴族女性たちが、憧れの目で見るのもわかる。私だって彼女の美しさに見とれてしまっている。
「迷い人様……?」
「あっ! す、すみません。挨拶もせずに、私ったら!」
しかも私だけ椅子に座ったままだ。ものすごく偉そうに出迎えてしまったのに気づき、あわてて立ち上がる。するとアビゲイル様がそれを止めるように、手で制した。
「大丈夫です。体調が優れないのですから、そのまま座っていてください。わたくしも座らせてもらいますね」
「す、すみません」
そう言うと、アビゲイル様はにっこりとほほ笑み、優雅に椅子に座った。何もかもが私と違う、生粋の貴族令嬢という立ち振る舞いに、どんどん自分が恥ずかしくなってくる。
「迷い人様、普通でしたら日常会話をしてから本題に入るものですが、今回は体調が悪いようですから、最初から今日ここに来た理由をお話ししてもよろしいでしょうか?」
貴族同士のお茶会のマナーがあるのだろう。でも私は早く誤解を解いて安心したいから、むしろありがたい提案だ。私が「お気遣いありがとうございます」とお礼を言うと、早速今日の本題に入った。
「もうご存じかもしれませんが、迷い人様が竜王様の妾に選ばれたと、貴族令嬢のなかで噂になって――」
「そ、それは事実無根の噂です! 私はそのような願望を持っていませんし、竜王様にもそんなこと言われてません!」
(しまった! 早く訂正しなくちゃと思ってたから、食い気味で言っちゃった!)
案の定アビゲイル様は驚いた顔をして、目を丸くしている。日本でもこんな話し方は失礼なのだから、この国の貴族令嬢ならもっとだろう。
「も、申し訳ございません! 早く誤解を解きたくて、アビゲイル様の話を遮ってしまいました」
もう、本当に恥ずかしい! きっとアビゲイル様も呆れてるわ。そう思って顔を上げたのに、意外にも彼女は感心したかのような表情で私を見ていた。
「シリル様から迷い人様は謙虚な方だとお聞きしておりましたが、本当にそうなのですね。実はわたくし、噂がウソだということは聞いておりました。でも迷い人様ご本人にきちんと伺ったほうが、他の方たちも納得すると思いまして、会いに来たのです」
「もうご存じだったのですか……」
「はい、驚かせてしまいましたね」
そう言ってほほ笑む彼女は、洗練された動きでお茶を飲んだ。良かった。シリルさんがあらかじめ説明してくれたおかげで、話がスムーズに終わりそう。私もホッとしてお茶を飲むと、アビゲイル様がまた私に質問をし始めた。
「それでお聞きしたいのは、今回の噂のきっかけになった出来事なのですが……」
「きっかけになった出来事、ですか?」
何かあっただろうか? 私が首をかしげ、ここに来てからの事を思い出していると、アビゲイル様は少し頬を赤らめて話を続けた。
「迷い人様がこの世界に現れた時のことです。わたくしは前列にいたのですが、会話の内容を全部は聞き取れなかったので、その……」
「なんでしょう?」
「竜王様と迷い人様が急に理由もなく……口づけをしましたでしょう?」
「えっ!」
その言葉に私は口をあんぐりと開け、驚きを隠せない。まさかあの時のキスが、治療で無理やりされたとわかっていなかったとは。じゃあ、アビゲイル様のようにまわりで見ていた女性たちの目には、こう映っていたのではないだろうか?
①私が娼婦のような卑猥な格好をして突然現れ、竜王様を誘惑。
②竜王様が私を「王宮で預かる」と言って、自分の側に置くことにした。
③その後、二人はキス。誘惑成功!
こんなの竜王様のお手つきになったと考えるのも当然だわ! むしろ私が積極的に誘惑して大成功! と喜んでいると思われても仕方がない。
「違います! あれは口づけではなく、治療です! 押さえられた時に舌を切ってしまって、それで竜王様が治療をするとおっしゃって無理やり……ゴホゴホッ」
一気に説明したから、興奮して咳き込んでしまった。側に控えていたリディアさんが背中をさすってくれ、アビゲイル様も心配そうに立ち上がる。それでもなんとか呼吸を整えていると、目の前の彼女は「そうだったのですね……」と言ってうなづいていた。どうやら納得してくれたみたいだ。
「このことを、他の方にお話ししてもよろしいでしょうか? 迷い人様のことを勘違いしている方も多いので、誤解を解きましょう!」
いつの間にか隣に立っている彼女が、そう言って、私の手をぎゅっと握った。にっこりとほほ笑み「きっとわかってもらえますわ」と励ましてくれている。なんて心強いのだろう。すると、アビゲイル様は何か思い出したような様子でまた話し始めた。
「そうですわ! よろしかったら明日行われる、竜人競技会にご一緒しませんか?」
「竜人競技会ですか?」
初めて聞く言葉にきょとんとしていると、リディアさんがお茶を淹れ直しながら、詳しく説明してくれた。
「一年に一度、騎士団員が技術を競う大会があるんです。ここで実力を発揮できれば階級が上がりますし、竜同士を戦わせる試合もあって、大変盛り上がります。応援も許されているので、みなさん見に来られますよ」
「そんな凄い大会があるんですね」
「わたくしも観戦する予定ですので、ぜひ行きましょう」
すると私たちの会話をずっと聞いていたのだろう。今まで静かにしていた竜王の卵くんが、ほんの少しだけポコンとお腹を蹴った。
『すご〜い! ママ、見に行こうよ!』
(わっ! 動かないでって言ったのに!)
サッと手でお腹を隠したからバレなかったけど、またいつ動くかわからない。早くこのお茶会を終わらせなきゃ。私はお腹に手を当てたまま、にっこりと笑顔を作った。
「はい! 喜んでご一緒させていただきますね」
その返事にアビゲイル様も嬉しそうに笑っている。良かった。思ったより和やかに終わりそうだわ。私はほうっと息を吐き、温かいお茶を一口飲んだ。その時だった。
コンコンとノックがあり、シリルさんの声が部屋に響いた。
「迷い人様、竜王様がお出ましになられます」
「えっ……?」
(竜王様? なんで今?)
リディアさんが対応する前に、シリルさんが扉を開け、カツンと靴音が聞こえた。
そこに立っていたのは、さっき会った時とは全く違う表情をした、竜王様だった。