#85 : そして物語は分岐する。
二人は気まずい空気ながらも帰路に着いた。
美希は二日酔いで頭痛がしたが、和田に言われてコーヒーを飲み、カフェインの効果もあってか少し和らいだ。無論、和田の分のミルクと砂糖を使い、アメリカンに近い薄さで飲んだのだが。
会社の方面から行くと他人の目が気になるので、少し歩いて隣の駅まで向かう。
気持ちの整理がついた美希は、いつものような明るさが戻っていた。小畠が拒んだ理由もわかった気がする。彼のためでもあり、私のためでもある。仕事をしていく上で超えては行けない線を踏み越えてしまったが、スタートラインだと思えば後悔もしない。
「美希ティーが元気になって良かったよ」
「…ありがとうございます。色々、吹っ切れました」
「社会人一年生もそろそろ進級だもんね!」
今年も新卒が入社するだろう。先輩になる人間が仕事と私事を混同してしまってはダメだ。今からでも遅く無い。自分を律していかなければ。
「私も小畠課長を見習い、自分を律して精進致します」
「さすがだね!ボクはまだこのままで周りをよく見て動くことにするよ!」
考え方は違えど、同じ会社の社員だ。なすべき事は理解している。それぞれの役割にあった仕事をし、貢献していく。そこが出来てから自分のことを考えてみよう。
美希は強くなると決心し、朝日が射す都心に向かって歩き始める。
和田に散財させてしまった。このお礼は何が良いのだろうか。今度、直接聞いてみよう。一方的に押し付けるのではなく、コミュニケーションを取り円滑な人間関係を構築していく。そうしよう。
重かった足取りは軽やかになっていた。
「本当に大丈夫ですか〜?」
泣いていた俺を心配して沙埜ちゃんが心配している。
「だ、大丈夫だよ。それより忘れ物無い?」
「ん〜、無いと言えば無い…?」
なんだかまだ歯切れ悪いな。あの後、沙埜ちゃんをベッドに寝かせ、俺はソファでウトウトしていた。時間は十六時、流石に酒は抜けただろうに。
「…最後に、ぎゅ。って、して」
両手を広げて上目遣いで俺を見る。わがままを言わないって言ってたのに。なんだかんだでまだ子供らしさがある。俺も泣いてるところを慰めてもらったから、お礼ってことにしておくか。
左手で背中を、右手で頭に手を回し優しく抱きしめる。沙埜ちゃんは俺の胸の下辺りまでしか無いから、埋もれてしまっているかのようだ。
思いの外、強く抱き返される。柔らかい沙埜ちゃんが当たっているが俺はもう気にしないことにした。
「…もう、大丈夫デス!行きましょ!」
少し顔を赤らめていそいそと荷物をまとめている。
外に出ると薄暗くなっていた。とは言え会社方面の駅に向かうと誰に出くわすかわからないので、沙埜ちゃんの店の駅の方へと向かう。
途中で瑠海にフラワーボックスを渡した花屋を見かけた。そうだ、今日は四ツ谷の誕生日だったな…。
「沙埜ちゃん、ごめん」
「どーしたんですか?」
「駅までご一緒しようかと思ってたんだけど、ちょっと用事を思い出して。今日はここで良いかな?」
「一人でも帰れますよ!大丈夫デス!」
ハキハキと喋っている。ぎゅ、が効いたのかな。
「焼き鳥、また食べ行こうね」
「今度は四人で、ですよ!」
涙を見られた俺はもう吹っ切れていた。瑠海はイヤなら来ないだろう。嫌われることになっても、もう怖くない。
花屋の手前で沙埜ちゃんとバイバイする。
「いつも、ありがとう。またね」
「…私こそ、ありがとうでした!」
向日葵のような明るい笑顔。良かった。いつもの沙埜ちゃんだ。俺がしてあげられたことは何だろうか。余計な事は考えず、たまには感謝を素直に受け止めよう。
花屋で優秀な部下に相談する。今日の誕生花は…。




