#83 : テディ・ベア
「もう閉めるからサヤのことお願い」
確かに今日は人が少ない。マリさんにお願いされてもどうすりゃ良いんだよ…?どこに住んでるかも知らないんだぞ?
瑠海に聞くか?いや、藪蛇どころかサバンナにライオンだ、確実に俺が死亡する。二度と蘇られないくらいに。社会的にも。色んな意味で。
なお君…は今回のことで沙埜ちゃんが嫌がるだろうなぁ。仲間はずれにされた気分って言ってたしな。ってか沙埜ちゃん離れないな。その、思いっきり柔らかいんですけど…。
「もうおしまいなんですかぁ〜?」
天真爛漫って何しても得だな。裏表が無いから許されちまうんだろうな。
「そそ、お終いだから、今日は解散って事で」
振り向きながら肩を掴んでゆっくり剥がす。
「まだ飲めるモン!」
ポケットから両替用に用意していたお札をカウンターにペシっと置き、
「テキーラ3つぅ!」
とキャッシュ・オンで頼んでいる。
「ちょっとサヤ、アタシも?」
「マリさん以外ダレがいるの〜?」
完全に絡み酒だ。この若さでこれだけできるのは面白い…いやいやいや、宥めないと。
「今日の沙埜ちゃん、飲みたがりだね?」
「…だって、仲間はずれにされたモン」
まだ気にしているようだ。そんなとこも可愛いなぁ。
「わかった。コレだけつきあってあげる」
そう言うと冷凍庫からテキーラを出す。
あ、あの…、マグナムさんなんですけど?
「サヤが飲みたい時はアタシも飲みたい時よ!」
この店が朝で終わったためしがない、その意味がようやくわかった気がする。これじゃあ終わらないよな。
「¡Salud!」
テキーラは好きだから良いのだけれど、もう若くないせいか分解速度が遅くなって来ている。つまり、残ると言うことだ。
一息ついたタイミングで沙埜ちゃんを座らせる。
「今日はヤケ酒って感じネ」
「いつもの二人は用事あるみたいで」
「でもその方がサヤには良かったんじゃない?」
「え?」
「ささ、お店閉めるよ!」
まともに歩けない沙埜ちゃんを支えながらマリさんに別れを告げる。
「沙埜ちゃん、大丈夫?ちゃんと帰れる?」
「まだ飲めるモン!」
「飲みたいのはわかるけど、お店やってないんだよねぇ」
インド料理屋は開いているがテキーラは常温のシルバーしか無い。流石にこの状態であそこに行くのは自殺行為だ。スパイシーさんにヤられる。
「お店がやってないなら宅飲みー!」
「ん?」
「宅飲みするぞー!」
右手を天に突き上げている。沙埜ちゃんって、酒乱だったりして…。
「流石に沙埜ちゃん家はマズいし、俺ん家も離れてるから、今日は帰ろ…」
「そうやって仲間はずれにする!」
ヤバい。空も白み始め、まばらだが店から人が出てきている。側から見たら、幼い少女を酔わせてホニャララするオッさんみたくなっている。事案発生しかねない。
「お、お家まで送るから、さ…」
「まだ飲むモン!」
ベアハッグのようにくっつく沙埜ちゃん。こりゃ完全にダダっ子だ。しゃーねーなー。飲めれば良いんだろ?そんでそのまま寝てくれれば良いんだ。こうなったら付き合おうじゃないか。
フラつく沙埜ちゃんを支えながらタクシーをつかまえる。酔ってる少女に悪いコトするヤツみたいだな…。
このまま特攻するのは些か気が引けるのは毎度のこと、手前で降りてコンビニに寄る。
『イらっしゃイまセ』
機械合成された不気味な声で迎えられる。いつもながら気持ち悪い。
祝日だけあって空室は一室しか無い。しかも一番値段が高い部屋だ。クソっ、リア充共め!
「ご休憩ですか?フリータイムですか?」
「フ、フリーで」
「チェックアウトは17時ですー」
カードキーを受け取りエレベーターへ向かう。コンビニで買ってきた分で足りるだろう。俺も眠くなってきたし。
部屋に着くなり沙埜ちゃんはベッドへ直行する。アレ?まだ飲むんですよね…?沙埜ちゃんをヨソに栓抜きを探す。大抵はひとまとめになっているはず…と、あったあった。これでメキシコ瓶ビールが開けられる。ライムが無いのが残念だが。
コンビニで買ったツマミを適当にテーブルに広げる。
「沙埜ちゃん、開いたよー」
ソファからベッドの沙埜ちゃんに声をかける。
「んー」
寄越せと言わんばかりに手を伸ばす。
「ベッドから起きて飲みなさい」
「パパかっ!」
確かにお父様くらいの年齢差はございますわよ。クスン。
「お行儀悪いコにはあげないぞー」
子供を躾けるようにからかっていたらー
ぽて。
ベッドから起きて俺の足の間に座り込み、俺を背もたれに沙埜ちゃんが寄りかかってきた。前回と逆向きだ。
「コレなら大丈夫ぅ」
お、俺が大丈夫じゃないんだけどさぁ…。
俺は必死に暗算をしたが、今回は3の段で躓いた。




