#81 : 小さな丘
「さむーい!」
焼き鳥屋から出てダーツバーへ向かう。タクシーだと距離が短く、歩きだと少しある。腹ごなしに歩いて行こうと意気揚々だったが、深夜も二時過ぎれば底冷えする寒さだ。
カチカチと奥歯を鳴らしている沙埜ちゃんは、氷が入ったサワーを煽りまくってたから、身体の芯から冷えている事だろう。見事な生足ショーパンはポリシーなのか健在だ。見かねた俺は自分のコートを沙埜ちゃんにかける。
「だ、大丈夫ですよ〜」
言葉とは裏腹に震えている。
「お店着くまで、ね」
そう言うと前をギュッと閉じさせる。俺のサイズだと吸血鬼のマントみたいだな。
俺?俺は伊達の薄着はなんとやらでクソ寒い。しかし、こう言う時は背中に意識を集中して『気』を脊髄から腰まで流し、丹田で気を練るとそれだけで震えも寒さも止まる。
…まぁウソだが。痩せ我慢ですよ。目の前で寒さに震えている女子を放っておけるか。
いつものダーツバーに着くと、やおらテキーラを頼む。よっぽど寒かったんだろうな。って俺のもかいっ!
ウォームアップと称して点数を上げていくゲームをする。
俺のアベレージは800点そこそこ、まあまあ強い部類に入る。本気で取り組んでいる方達は900とか1000とか化け物揃いだ。執念が違いすぎる。
沙埜ちゃんはというと…250点、と言うところか。
右利きの右投げだから、右足を前に出す構えだが投げた瞬間に膝が沈んでしまう。沈めば沈んだ分だけ狙った場所より下にダーツが刺さる。それを無理矢理腕で矯正させようとするから相撲のツッパリみたいな投げ方になり、狙い通りに刺さらなくなる。
まずはココからだな…。
「ちょっと良いかな」
先に断りを入れ沙埜ちゃんが動かないように右肩に手を置き固定する。俺の右足を彼女の右足の前に置き、軸足が動かないようにする。
ついで左手で彼女の左肩を後ろに捻る。肩のラインはやや水平を保つ。
「そのまま構えて。肘は下げずに、持ったダーツを利き目の前に倒すイメージで、構えたところに向かって離す」
『テューン!』
キレイな放物線を描いてブルに刺さる。
「は、入った!」
「投げる時の姿勢が安定しないから、投げられたダーツも安定しないんだよ」
「わかりやす〜い!小畠さんプロですか!?」
昔バイトしてたバーでダーツを導入した時、しこたまテキーラ飲まされたからな。従業員が飲む分は店の持ち出し、売上にならない。負けたく無いより売上が下がるのが嫌で必死に練習したのだよ。
その後も色々と極意を教えていざ尋常に勝負。
701は沙埜ちゃんが上がれなさそうなので501でブル5発分、251からのハンデスタートだ!
『テュテュッ!』
残16を8のダブル・アウトでキレイに締める沙埜ちゃん…。外しても16のシングル・アウトができるのを狙うなんて、センスと運動神経良すぎだろう…。
「中学までソフトボールやってましたからね!」
球技経験者の人はダーツがうまい。野球、バスケ、ソフト、ゴルフなんかもリリースのタイミングが似ているらしくうまい人が多い。
ハンデ付きとは言えダブル・アウトは素晴らしい。メキシコに挨拶をする。マリさんの店はレモンでもライムでも無くオレンジが添えられる。相性最高だわ。
前にも言ったが敬意を払って飲むお酒だから、罰ゲームなんて蔑称で呼んではいけませんよ?
「リベンジ、しないんですか?」
いつもの大きく見せるポーズで沙埜ちゃんが聞いてくる。
「愚民の私めに再戦の御慈悲をば…」
「よきにはからえ!」
相手が沙埜ちゃんじゃなきゃパーフェクト・ゲームでフルボッコにしてやるが、今日は沙埜ちゃんと楽しくダーツをする、が目的だ。勝ち負けでは無い。クリケもハンデ付きで楽しもう。
『テューン!』
ハンデ付きとは言えあっけなくブルまでクローズされる。あれ?前にも確かこんな事が…?
「小畠さん激弱っ!」
涙を浮かべて笑っている。くそう、火がついちまった。
スーツが汚れる事も構わず土下座する。
「リ、リベンジをお願いいたします!」
「そこまで言うのなら良いデスよ」
「ありがたき幸せ!」
絶対部下に見せられない姿だ。ここだけ写真撮られていたらあらぬ噂が社内を駆け巡っただろう。だが今の俺は無敵モードに入っちまったので構わない。
その後の結果は言うまでもない。
501→ハットで150、残351。
→次もハット150、残201、
→一本ミスって118、残83。83は17から。
→キッチリ17トリプルを打ち込み残32、慎重に16ダブルの32でアウト、セオリー通りだ。どーだ!まいったか!
心の中でガッツポーズを取り、何事も無いようにテーブルに戻ると、沙埜ちゃんが涙目だ…
「本気出すなんてズルい〜」
おう…、勝負に勝ったが試合に負けた、か。
「お待たせー」
なんでテキーラ2つもあるの?しかもマグナムサイズやん!マグナムはテキーラとジンジャーエールを半分ずつ入れ、手のひらで蓋をし、グラスの底をテーブルに叩いて飲む通称ショット・ガンで飲む大きめのショットグラスだ。みるからにジンジャーエール入ってないけど…?
「リベンジ受けてあげたんですから当然です」
チラ、とカウンターを見るとマリさんがウインクしている。嵌められた…。
ショットグラスの2倍近い量を飲まさせれる。これ、流石の俺でもキツい。
「…いただきました」
グラスをコースターの上に逆さまにする。これ以上入れてくれるな、の意思表示だ。
沙埜ちゃんは…いかん、あの目はくっつき虫発動警報だ。早いとこ酔い覚ましさせないと。
カウンターまでお水をもらいにいく。
お水を受け取る瞬間、背中にはくっつき虫が居た。前回はフロントで感じたが、今回はバックで感じている。時、既に遅しか…。
「サヤはホントカズ兄のこと好きだよね〜」
マリさんがからかってくる。悪い気はしないけど煽らないでくださいまし。
「くやしぃ〜!また負けたぁ〜!」
「しょ、しょうがないよ。年齢と経験の差、さ」
「やっぱり子供って言いたいんだぁ〜」
「そうじゃなくてさ…」
まいったな。今日はストッパー役の瑠海もなお君もいない。マリさんはこの状況を微笑ましく見ている。
手に込められた力の感じからして、相当に酔っている…。
「じゃ、今日はコレで帰ろうか?」
危なくなる前に退散するが一番。逃げるが勝ちだ。
誰だ、焼き鳥だけにチキンなんて言うヤツは。