#78 : Overlap
「ありがとーございましたー」
頑なにジョッキを煽り、かなり酔っている美希。彼女を心配そうに見守り、側でオロオロとするだけの和田。
「…ご馳走になりました。和田先輩」
「ボクが誘ったんだし!って大丈夫?」
「大丈夫れす。私は平常です」
フラフラしながら美希が虚勢をはる。時間は二十三時を過ぎていた。和田も美希も終電が間近だ。ここからだと会社の近くまで戻った方が間に合いそうだ。
「じゃ、じゃあ駅まで行こう!」
「私は一人でも、大丈夫、れす」
「ゼンゼン大丈夫じゃ無いからー!」
雪の城で小畠に言われたことを思い返す。
トン。
フラフラしていた美希が和田の胸を叩くように両手でもたれかかる。
「みみみみ美希ティー!?」
「…私は、通常運転れす。問題ありません」
大いに問題があるのだが、美希は正常を装う。
「ゆ、ゆっくりで良いから!頑張って!」
和田が美希のコートの袖を掴み、ゆっくりと誘導する。糸の切れた操り人形みたいな美希はフラフラとしか歩けない。
「…もう」
「もう?」
「…歩けない」
「えぇーっ!?」
「タ、タクシー…」
「わかった!タクシー停めるから!」
美希が倒れないように支えながらタクシーを探す。一台、二台と通るが生憎先客が乗っている。やっとの思いでつかまえたタクシーに美希を誘導する。
「じゃ、じゃあね!」
美希を乗せて帰ろうとする和田。
「先輩!先輩も電車無いんれしょ?」
「そ、そうだけど…」
美希の相手をしている間に、地元へ帰る路線は終わっている。
「んー、ハウス!」
「わん?」
犬派なのは本当のようだ。美希が指を差したシートに和田はすんなりと座り込んだ。美希が少し呂律の回らない口で行き先を告げる。そっちの方向はー。
「いらっしゃいませー、ご予約はー?」
「してないんだけど、後から一人来るので二人で入れます?」
「テーブル片付けますので少々お待ち下さーい」
祝日前なのに繁盛しているな。もう終電も無くなるってのに日本はなんだかんだで元気だ。あそこのテーブルかな?ビールはジョッキか。瓶もありそうだな。一杯目は生で、二杯目からはしっぽりと瓶にいたしませう。
それにしてもカシウーにビールとは、差し詰め男女の仲ってか?カシウーは半分しか飲んでいないじゃないか。勿体ない。
「お待たせしましたー、どうぞー」
沙埜ちゃんと同世代くらいの女の子には悪いが、沙埜ちゃんの方が格段に良い接客をしてくれる。あの店と彼女が特別なのだけど。
「生を一つお願いします」
「少々お待ち下さーい」
パタパタとカウンターへ向かう姿は可愛いな。バイト接客と接客業は違う、なんて言われるがアルバイトでも立派に頑張っている。
ここのコも一人で接客しながらドリンクも作り、レジも回している。中々できる芸当ではない。一席辺りの接客時間を最小限にして他の仕事をするためだから仕方のない事だ。
「お待たせしましたー」
キタキタ!いつも飲みに行くとこはグラスばかりだから久しぶりのジョッキに嬉しくなる。これでもかと言わんばかりに喉を鳴らして飲む。コレだよコレ!ビールは喉越し!くーっ!
サクっとジョッキを片付けて瓶ビールを頼む。コイツはコイツで美味いんだよなぁ。グラスはちっこいヤツに限る。二口ぐらいで飲めそうなこのサイズでチビチビやるのもオツなモンなんだよ。
焼き鳥屋さんなのにモツ煮食べたくなってきた。沙埜ちゃんまだかなー?