#9 : 迷探偵・オッさん⭐︎
「…と言うわけでお邪魔させてもらうよ。ああ、一番後ろで見させてもらうだけだから気にしないように」
二課の営業会議に『新卒に有用なアイデアの共有』と、取ってつけたような言い訳で会議室の後ろに陣取る。
販促品の整理をしていた新卒・四ツ谷には申し訳ないが、ダシに使わせてもらった。
「お誘い頂きありがとうございます。しっかりと学ばさせて頂きます!」
小声で意気込みを伝えてくるが内心複雑になる。森の裏付けの為にダシに使ったなんて口が裂けても言えない。この繊細な娘に傷が付いてしまう。
「…では週次会議を始めます。各担当販路毎に報告をお願い致します」
二課のリーダー、長野が気怠そうに進行を始めた。
「…で、ありまして、前週比に対しても予算着地予定、当月も達成ペースです。以上」
「はい。ありがとうございます。何か質問はありませんか?無ければ次、お願いします」
当たり障りの無い報告会だ。日本は本当に無駄な会議が多い。欠伸を噛み殺すのに必死だ。つまらないし下らない、茶番劇だ。
隣に目をやると小さな手帳にビッシリとメモを取っている。読み返しても何の得にもならないけどなぁ。あ、そう気付く事が成長に繋がれば良いじゃないか。
そんな事を考えていたら、会議室の空気が変わっていくのを肌で感じた。明らかな異変が起きていると。
「質問、宜しいでしょうか」
か細いながらも口から流れる勢いは止めずに、麻生が右手を小さく挙手している。
「えっと…麻生さん?ど、どうぞ」
まさかの展開に長野も動揺しているようだ。この様子だと森と同じような感覚で麻生を見ていたのだろう。よもや自発的に質問をしてくるなんて想定外だったはずだ。
「ありがとうございます。そちらの販路では、先週末に競合のショッピングモールが新装開店されているのですが、それでも売上を担保出来た理由と、今後の傾向と対策をお聞かせ頂けますでしょうか」
おおう。ボンクラ営業に対して中々に突っ込んだ質問だ。隣に座っている森の顔色は窺えないが、心の声が聞こえてきた気がする。”信じられない!”と。
「え、えーと別販路なのにお詳しいですね。そうですね、担保と言うかお付き合いの中でお約束させて頂いており、今月も達成ペースと報告したまでです」
「確約は無いのですね。未達の際のアフターケア等はお考えでしょうか」
「ま、まぁその際は僕が現場に行って販促イベント等をやればフォローできると思いますよ」
「イベントは単発でしょうか。競合に合わせて継続して行うとなると本来の業務に差し障りませんか」
…この中でさっきの報告にツッコミを入れたら負けだと思ってるヤツの方が大半だ。何故なら次は自分がやり返されるからだ。だから茶番で終わるように出来ている、ようは無駄な時間なのだ。
「私が森さんから引き継ぎさせて頂いている販路も、競合となるデパートの改装が来年の6月に控えております。その時に有用な事例が有ればと思い質問させて頂きました。お時間を頂戴しありがとうございました」
そう言うと、ペコンと頭を下げた。
「ほ、他に質問がある方は…」
長野がバツ悪そうに進行に戻る。
森も同じ気持ちだろう。四ツ谷に声をかけ、俺らは音を立てないよう後ろから会議室を出た。
「麻生さんの質問ですが、私も同様に感じてました。ただ、その背景を知らなかったので最初はスルーしてしまいましたが」
「得るものはあったかい?」
「はい!報告書だけが全てでは無い、という事です!」
はにかみながら答える四ツ谷に、娘を見るように微笑みかけた。そのまま、純粋のままに育っておくれよと。
さて、昨日の訴えはなんだったんだ?和田の話しと長野の態度から察するに森の話しの信憑性は高い。今さら俺に対して保身の嘘をつく必要が無い。
わざわざ俺に訴えた事をひっくり返す事態が俺の目の前で起こった。これじゃ森の個人的見解で麻生を貶めたみたいに話しがすり替わってしまう。
プライドが高い森の事だ、今頃落胆しているに違いない。どれ、慰めてやるか。
森の業務携帯に会議後、道路を挟んで斜め向かいのカフェに来るようにメッセージを送る。森がまだ一課にいる時にも良く利用していた場所だ。会社から少し離れているがその分、落ち着いて話がしやすい。
なんだかデートの待ち合わせみたいな心持ちだな。いかんいかん。