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#77 : 人の口に戸は立てられぬ

「本人も気にしてないけど、言いふらさないでね」

 前置きをして語り始める。


「小畠さん、ああ見えて元ヤンなんだよ」

「ええっ!?」

 大きな声を上げたので隣の席の中年カップルが何事かとこちらを見る。


「…す、すみません」

「びっくりしたでしょ?ボクもだったよ!」

 いつも上品で洗練された身のこなしから想像できなかった。元・不良男子があんなに紳士的にドアを開けるのだろうか。


「ギャンブラーだったし、タバコも吸ってた」

「お、小畠さんがギャンブルにタバコ…?」

 匂いが付くのも嫌って喫煙所の近くに行かないのに。

()()小畠さんから想像つかないでしょ?」

 そう言われて思い返すと、知っている過去は初めて飲んだ時に聞いた、年上の女性とお付き合いしていたくらいだ。その他は自分と出会ってからの彼しか知らない。


「サラリーマン始めたのもウチの会社に入ってからで、それまではフラフラしてたんだってさ」

 潔癖と言っても過言でない彼から想像がつかない。言葉遣いも丁寧で違和感が無かった。


「…それってマ、ですか?」

「ま?まってナニ?」

「マジ、のマです」

 美希は使わないが、大学時代の友人が良く使っていた。小畠はあの日に使用していた。美希と歳が近い和田なら知っていると思ったのだが。


「小畠さんって案外…」

「ヤンチャ坊主なんだよ!」

 案外、若い世代と交流があったのでは?端的に言うならば()()()()()


「元ヤンだからか気合いと根性がスゴくてね。パソコンも会社に入って独学で覚えたし、経済・経営理論なんかも独学だって!」

 社内で1、2を争うほどのスキルと聞いていたが、独学だったとは。火曜会の話も全て一人で覚えたことなのか。今までとは違う視点で小畠を見てしまう。


「そんな気質を前本部長、近藤さんって言うんだけど、買っててね。一課は小畠だって太鼓判を押したんだ。その後、近藤さんはグループ会社に異動になってしまったんだ。今思うと異動する前に小畠さんへ贈り物をした、そんな気もしてくるよ」


 美希は反省していた。彼のことを何も知らずに、自分の想いだけを押し付けたことに。違う意味で涙が出そうになった。ごめんなさいー。

「み、美希ティー?」

 ギュ、とジョッキを掴み、またも一気に飲み干す。ふーっ、と一息吐いて絡むように聞いてくる。


「和田さん、小畠()()のことどう思ってるんですか?」

 少し目の焦点が合わない目つきで聞いてくる。

「ど、どうって、尊敬しているよ」

「…私もです。過去がどうであれ、課長は課長です」

 和田が大人だったら美希の言葉で気付けただろう。あの日のトラブルは客でも取引先でも無く、社内で、小畠との間に起こったことだと。


「の、飲み過ぎてない?大丈夫?」

「まだ二杯目ですよ?大丈夫です!」

 今度は自分からジョッキを掲げておかわりを頼む。酒の力もあって楽しくなってきた。普段はこんな端無(はしたな)いこと絶対にしないのに。

「美希ティーが楽しんでくれればボクも楽しい!」

 三杯目のジョッキと、まだ一杯目のグラスをガチ!と合わせる。


(もう、どうでも良い。私はまだまだ子供なんだ)

 小畠に押し付けた気持ちを振り返る。

(私の独り善がり。それなのにつけ上がって)

 両手で抱えてビールを煽る。

「み、美希ティー?大丈夫?」

「…大丈夫、()()。ご心配なく」


 桜色の肌が赤く染まっている。経験が乏しい和田でもわかる。酔っていると。

「お水!お水貰おう!」

 小畠と同じ行動をする和田に、先程よりかは親近感が持てた。いやらしいだけじゃないんだな。あなたも、本質的に、優しい人。


「もっと課長の話し無いんですかー?」

 普段の美希から想像できない軽薄さがある。

「んー、犬猫で言ったら猫好き?」

「私は犬派ですー」

「ボクも犬派だよ!」

 和田の話しにすり替えられたので話題を変える。


「…他には?」

「仕事上で女性を絶対に名前で呼ばない!」

 確かに、と酔い始めた頭で美希は思った。和田にも取引先でも名前で呼ばれるのに、彼からは絶対に下の名前で呼ばれなかった。あの日の後でも。


「なんで名前、呼ばないのです?」

「若い時にバイト先の人と大恋愛して、別れた後にバイトを辞めたのがキッカケって言ってた。それからは社内恋愛はコンプラ違反だ、って小畠さんの中で徹底してるんだよ。自分のためにも、相手のためにも。名前で呼んで勘違いさせないように、絶対」

 そんな。そんなことがあったなんて。美希は自分の取った行動で、彼を苦しめたのでは無いかと心配になる。


 誰にでも触れられたく無い部分がある。そこに土足で踏み入ってしまった。後悔と不安と焦燥感が美希の心を締めつける。今すぐ会って謝りたい。一方的に好意を押し付けたことを。


 そんな想いを鎮めるためにビールを煽る。もう、味などわからない。

「そんなに飲んで大丈夫なの!?」

 下戸の和田からすると小畠はバケモノのように見えたが、美希は彼の同類では無いので心配になる。

「そうやって、子供扱い、してー」

 ガタッ、と席を立ち上がる。

「ど、どこへ?」

「失礼です!」

 花を摘みに行くがフラフラとしてる。大丈夫だろうかと背中を見つめる。


 ふっと小畠からのデート術

 ”相手が席を立った時に会計を済ませろ”

 を思い出して急いで会計をしてもらう。


 “初めてのデートでワリカンは禁物”

 “後輩には気持ち良く奢れ”


 次々と師匠の言葉が蘇る。気持ち良く奢るつもりだが、少し心許ないので財布の中身と給料日までの日数を計算する。

 好きなアニメのDVDが発売間近だったが、限定版では無いし最悪来月にしよう。信者らしからぬ考えで美希を待った。

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