#75 : 瓦となって全からじ
『ヴヴッ…』
珍しく私物携帯がメッセージを受け取ったと鳴いた。こんな時間に優か?…ったく。
『お疲れでーす!明日休みだから飲み行きましょうのお誘いです!』
沙埜ちゃんだった…。
そうか、明日は建国記念の日だ。沙埜ちゃんも休みなんだよな。
あの日から瑠海とは顔を合わせていない。私物携帯も知っているが敢えて連絡もしていない。向こうは完全に俺を見切ったようだし、俺もいつまでもヘコんでばっかいられない。
仕事に支障が出るから気持ちを切り替えた。俺の中で関係を持つ前と同じレベルまで感情を抑え込んだ。
…とは言え、前触れなく飲み会か。正直、切り替えたとは言え、外でどんなツラして会えばいいのか考えあぐねている。
でも、前に進まなきゃ。
『お疲れ。俺は空いてるよ』
微妙なラインを突いた。破れ被れだ、どうにでもなれ。
『やたー!じゃあ待ってますね!あ、瑠海姉ぇとナオは予定あって来れないって!笑』
へ?来ないの?俺の、オッさんの勇気を返して下さい…。ま、まぁ良いか。瑠海にもなお君にも合わす顔が無い。結果良ければ全て良し。今を生きる、俺はいつでもそうだったんだ、問題ない。
もうこんな時間か。いつもなら根を詰めるけど閑散期だ、次回に持ち越しでも大丈夫だろう。
「お疲れしたー、お先でーす」
『お疲れ様でしたー』
合唱部の皆様、早く帰りましょうね。
今日は歩いて行こう。雪は歩道から消えたが車道の端に薄汚れて固まっている。まるで俺の心を表しているみたいだ。いつになったら溶けるんだろうか。
歩きながら溶け残った気持ちを整理する。瑠海のことは今はそっと横に置く。彼女を悲しませたことは事実。心を閉ざしてしまったのも事実。
ちゃんとお付き合いをしている人なら俺も軽率に四ツ谷の想いに応えなかったし、あんな状況を作らなかった。やはり荷物が来る前に無理矢理にでも帰しておくべきだったんだよ。
今更ごちゃごちゃ言っても仕方ないが、頭から離れない。
「へっくし!」
誰かウワサでもしてんのか?もう二十二時も過ぎて寒さが骨身に染みる。
暦の上では春だがまだまだ底冷えする。ウグイスが鳴くんだっけか?こんな寒い日に鳴いたら凍っちまうよ。
風邪をひかぬように急足で沙埜ちゃんの店へと向かう。
「こんばんわー!」
「やほ。元気そうだね」
「小畠さんこそ!こないだのナマが効きました?」
「うぉほん。…効いた。ありがとう」
「あははー!ウケる!」
若者は何でも楽しめていいな。俺にもあんな時があったのだが、こんなにも屈託なく笑えていただろうか。誰かの顔色を伺いながら、嫌われないように生きてなかっただろうか。
沙埜ちゃんは前向きだ。俺を楽しませようとしてくれている。だから、癒されるのか。
「お疲れさまでーす!」
「お疲れー!」
いつもの儀式を執り行う。日本とメキシコの異文化交流だ。
「急にすみません。なんか明日お休みなのにこのまま帰るのもったいなくて」
「わかる。休み前は飲んでいたいよね」
俺なんか未だにそう言う傾向にあるからな。一人でも呑んでいたい。
「そーなんですよ!で、美味しい焼き鳥屋さん見つけたの!」
「焼き鳥か…」
「ダメ、でした?」
「最近食べて無いなぁって」
「もうっ!焦ったじゃないですかー!」
おっ、怒ったとこも可愛いな。ヤバい癒される…。
「朝までやってるの?」
「この辺では珍しく6時まで開けてます!」
焼き鳥屋で朝までのコースか。一人ならしっぽりといきたいが、可愛い沙埜ちゃんに渋い焼き鳥屋はちとバランスがアレだな。でも本人が喜んでくれるならそれで良いのか。深く考えずに沙埜ちゃんが楽しんでくれることを考えよう。
「おけ。先に行って待ってるよ」
「場所はちょうどナオの店の間くらいなんですけど」
沙埜ちゃんが地図アプリを起動して見せてくれる。迷わないだろうけど一応写真に収めておくか。
「本当ならナオの店の後に行こうかと思ったんですけど、瑠海姉ぇも用事があるからパスって」
瑠海の用事…。気になる。今夜なら飲みに行く、が妥当な線だろう。明日となると、まさかデートとか…?いやいや、一回そう言うコトをしたからって彼氏ヅラするな。俺はもうフラれたんだから。
「そろそろラストオーダーかな?」
「そうですね!今日は早くイケそうですよ!」
頼もしいな。元気が一番。あ、その元気を俺に分けてくれたら沙埜ちゃんの元気が減ってしまう。いつまでも甘えてちゃダメなんだ。しっかりしろ。ったく…。
「すぐ行きますねー!」
ほんの三十分程度でまた再会すると言うのに、毎度お見送りしてくれる。なお君もだけどこれは素直に嬉しい。このまま帰る時は名残惜しくなってまたスグに会いに行ってしまうのだけれど。
あれ?俺、パターン読まれてる…?