表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/252

番外 : 二人の初詣

 都心は記録的な大雪が降った。

 月に一度の日曜日(デートの日)に降った雪を恨めしく思う。


Je déteste(雪なんて) la neige(キライ)…」

「?」

「…なんでもない」

 ふわふわのニットを着こみ、テーブルに顔を乗せて雪に文句を言うはるは、溶けたマシュマロみたいにも見える。浮かべたら美味しそうだな、そう思いながらホットココアを一口飲んで乙葉が話しかける。


「予報は珍しく当たったわね」

「あの天気予報の人もキライ」

 恋人は雪のせいでお出かけできなくて不貞腐れている、そう思った乙葉にフラッシュ・アイディアが閃いた。


「…去年買ったブーツ、まだ履いてないや」

「ボアが付いてるヤツ?」

「買ったは良いけど履いて行く場所が無くて」

「私も似たようなブーツ持ってるから、てっきり乙葉も欲しくなったのかと思ってた」

「はるが履いてて可愛いと思ったから買っちゃった」

 悪びれた様子もなく積雪の美女(クール・ビューティー)が珍しく微笑む。


「今日の天気に良く似合うだろうなぁ…」

 ガバッ!とはるがテーブルから飛び起きる。

「私のブーツも似合うと思うの!」

「でしょ?バスも本数減らしているし、歩いて行ける神社で初詣しない?」

「やったー!行く行くー!」

 溶けたマシュマロが両手を挙げて喜ぶ姿を見て、根拠の無いアイディアも時には必要なのだな、と乙葉は感じた。


 あれ程までに不貞腐れていたのにお出かけとなると行動が早い。わかりやすいのも恋人の可愛いところだ。

「ナニ着てくのー?」

「ブーツに合うロングのワンピ」

「私はねー、私はやっぱニットが良い!」

 ニットを掲げクルクルと回りだす。

「ちょっと、危ないから…」

「えへへー!あっ」


『ドッ!』


 (つまず)いたはるがうつ伏せにベットに倒れ込む。

「大丈夫!?」

「はう〜、大丈夫〜」

 無事を確かめてそそくさと着替える乙葉。恋人が雪にはしゃぐ子犬を彷彿とさせたことは黙っておく。


「さ、寒〜い!」

「確かに寒いわね…」

 玄関を出ただけでこんなにも冷えるとは思わなかったのか、あんなにはしゃいでいたのに急に大人しくなる。

「…やっぱり雪はキライ」

「もう出ちゃったんだし、歩いていれば暖かくなるわよ」

 リードを引くようにはるの手を引く。マンションのエントランスを抜けると、都会では珍しい積雪量に二人とも驚いた。


「帰る時にも積もってたけどこんなにも降るなんて」

「はるが帰れなかったらどうしようかと心配したわ」

「早番だったから遅刻の方が心配だった〜」

「いつもより大分早く出たものね?」

「残業もウルサイけど遅刻はもっとウルサイ」

「どんな仕事をしてても遅刻はダメよ」

 自分のせいで無くても怒られる、そんな不条理はごめんだと思う。勢い余って右足を強く踏み込む。


「はわっ!」

「あっ!」

 はるの右足は滑り、サッカーボールを蹴るように空を切る。慌てて乙葉が倒れないように後ろから抱え込む。

「大丈夫!?」

「ス、スカートだったら丸見えだった…」

「雪道は危ないんだから!」

「…ごめんなさぁい」

 子犬だったら耳も尻尾も垂れているだろう。そんな表情(かお)をされたら恋人をそれ以上叱れなくなった。


「…ちゃんとつかまって」

 乙葉が左手を差し出す。はるが手を繋ぎながら抱きつくように抱え込む。

「あ、歩きにくいってば…」

「だってあったかいんだもん!」

 暖かいのは建前で、くっつく為の理由だとわかっていながら許してしまう。


 普段なら何ともない距離にある神社までゆっくりと歩いて行く。

「はるの手はいつも暖かいわね」

「私は自分の手もキライ」

「はるの手は私の宝物よ」

「どうして?」

「はるの手はたくさんの人を笑顔にしている。まるで魔法みたく身も心もキレイにする手。その手を私が独占するのはルール違反みたく思うの。でも、誰にも渡さない」

 キュ、っと乙葉の手に力がこもる。それに応えるようにはるも握り返す。

「こんな荒れた手がスキなんて、乙葉ヘンなの!」

 照れ隠しなのは乙葉もわかっている。ヘンなところで素直になれない恋人も”ヘン”だと思い、堪えていた笑みがこぼれる。

「あぁ〜!今はるのことバカにした〜!」

 恋人のカンの良さは健在のようだ。


 鳥居までの階段はまだ誰も歩いていないようで、一段ごとに高く積もった雪が二人の行手を阻む。

「気をつけて。ゆっくりね」

 右手で積もった雪をどかしながら手すりに掴まる乙葉。恋人の手は私が守る。その固い決心が(かじか)んで痛くなる手を奮い立たせる。

 まるで雪山を登山するように、ゆっくりと、確実に一歩ずつ踏み出す二人。そんなに高くないのに本殿までがやけに遠く感じた。


「すごーい!キレーイ!」

 境内も踏み荒らされた跡が無く、一面が白かった。

 あんなに渋っていたのに、と心の中で恋人を可笑しく思う。

「ちゃんとお参りできるかしら…」

「ねぇねぇ、見ててー!」

 心配をよそに雪へとダイブする。膝から起き上がると、前半分は真っ白になっている。

「一度やってみたかったんだー!」

「ふふっ!オシャレが台無しよ!」

 堪えきれず笑い出す乙葉。やることなすことまるで子犬だ。そんな恋人が誰よりも大切で、誰よりも大好きだ。


「なにをお願いしたのー?」

「…秘密」

「あー!二人の間にヒミツは無しって約束じゃん!」

「それとこれとは別なの!」

「じゃ、じゃあはるもヒミツにするー!」

 むくれている恋人に”これからもずっと一緒”と心の中で秘密を打ち明ける。


「帰ったらVin chaud(ホットワイン)飲もー!」

 まだ階段も降りきっていないのにはるは気が早い。

 整理・整頓・清掃・清潔・躾。小畠から学んだルールを頭で浮かべ、キッチンのストッカーに記憶を巡らす。

「シナモンにクローブ…あったわね」

「はるちゃんのフラッシュ・アイディア採択ぅ!」

 後一段、と言うところではるが繋いだ手を大きく掲げた。釣られて乙葉がよろめき、二人とも新雪に突っ伏した。

「ぷっ、あははー!乙葉コケたー!」

「もうっ!はるのせいでしょ!」

 雪のクッションのおかげで怪我はしていないが、二人ともコントのように頭から白くなっている。


「…乙葉の手は、私が()()()()()

「?」

「ほら、早く帰ろ!」

 急いでホットワインを飲まないと風邪をひきそうだ。

 飲み終える頃にはきっと、二人とも溶けたマシュマロみたくなっているだろう。

「…クローブの賞味期限切れてる」

「火を通せば大丈夫じゃない?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ