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#70 : 死んだ魚の目でおはようの挨拶を

 俺は火曜の朝から死んだ魚の目をしている。


「課長、おざまーす。って大丈夫すか?」

 挨拶しに来た部下に心配される。

「…おはよう。大丈夫じゃなさそうかい?」

「目ェ死んでますやん!」

「持ち帰りで仕事したからかな。ありがとう。気をつけるよ」

 沙埜ちゃんからあれだけ元気を貰った帰り道、家まであと少しと言うところで業務端末がメッセージを受け取った。


『先日は誠にありがとうございました。本日、ラウンドした店舗にもちゃんと届いておりました』


 四ツ谷からだった。折角気持ちを入れ替えたのにスキマを埋めるように入り込んでくる。


『暫く火曜会に出れませんが、是非、この度の御礼をしたく存じます。お手隙の折にでもご連絡お待ちしております』


 文面から読み取れるが、話し言葉も打つ言葉も丁寧だ。だがその丁寧さのウラに何かあるのでは無いかと穿ってしまう。瑠海の最後通告が突き刺さったまま抜けないから。


『深入りしないで』


 瑠海は俺を心配して言ってくれている。それなのに。


『ティロン♪』


 俺は嫌いになりそうだった。こちらの都合も考えず好き勝手に鳴る携帯を。正直、四ツ谷からのメッセージのせいで見ることすら躊躇われる。

 が、バナーを見て死んだ魚の目を見開いた。


『二課 麻生 お世話になっておりま…』

 麻生からだった。元旦の意味深なメッセージの誤爆以来だ。今度は消される前にすぐに確認する。


『お世話になっております。本日の火曜会は開催予定でしょうか』


 四ツ谷を課長(おれ)の一言で社内に戻すことはできるし、火曜日の午後だけ開けさせることもできる。しかし他のラウンダーの負担が増え、営業も業務が増える。いくら新卒とは言えそこまで特別扱いはできない。

 このままだと四月まで四ツ谷は火曜会に参加しない見通しだった。今の俺にとっては都合が良かった。だから敢えて今日のことは黙っていた。我ながらチキンだ…。


 そんな中で昨晩のメッセージ。そして麻生からの確認。どう返すべきか。


『おはようございます。私は時間が有りますが、四ツ谷は暫く参加致しません』


 スグに麻生から返信が来る。相変わらず打つの早いな。

『左様でございましたか。実は私も急に商談が入ってしまいまして、今週は不参加をお伝えしたくご連絡致しました』


 元旦のメッセージのことなど1ミリも触れず、不参加表明をしている。本当にアレはなんだったんだ?気にしたら負けだろうけど。


 前の俺なら会えないことに落胆しただろうが、今はありがたい流れだった。余計な気を遣わなくていい。

 今週だけがダメ、とも取れる文面だが、来週はまたその時に考えよう。そう決めて返信をする。仕事しよ。


 仕事に取り掛かる前にスケジュールを確認するのが日課だ。営業に行ってきます、と言ってサボる連中も残念ながら一定数はいる。やる人間(ヤツ)は大体決まっている。そう言う部下達の管理と教育も俺の仕事だ。


 以前はエクセルで管理していたが、更新と確認が面倒なのでオンラインに切り替えた。これなら営業が外部にいてもアクセスできるのですぐに情報が更新される。なんでもっと早く導入しなかったのか。革新的な事を組織は嫌う傾向にある。保守的過ぎるのもなんだよな。


 チェックが終わったら週次会議の取りまとめだ。

 5W3Hで報告させ、報告書と照らし合わせ矛盾がないか、事実が記載されているかの確認をする。

 抜け漏れやミスが有れば水曜日の一課・二課の定例会で突っ込まれる。特に田口は重箱の隅をつついて藪から蛇まで呼び出し、散々にこき下ろす。根拠の無い(ジャスト)()()()()なんか以ての外だ。


 最初はストレスだったが最近は

 “爺さんの戯言がまた始まった”

 位まで落ち着いていられる余裕ができ、それも田口の仕事なのだと割り切って考えられるようになった。慣れって怖い。

 

 スケジュールの内容は他人に表示にもできるし非表示にもできる。

『18:00-21:00 予定あり(非表示)』

と書かれてあれば、

 ”その時間に予定は入れてくれるな”

 と言う無言の圧力にもなる。


 自分の情報をオープンにし、皆んなが見れる状態にするメンバーもいる。倫理に反しない程度は個人の自由なので構わないし、()()に合わせて休暇を取ることも可能だ。


『☆2月11日 四ツ谷 美希 誕生日』


 …何とも言えない気持ちが込み上げてきた。昨日の鳩尾が復活したみたいだ。

 ダメだ。このままだと息苦しさで倒れそうだ。外の空気を吸いに行こう。

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