#8 : 見た目は大人、中身は子供!
「…と言う申し出があってですね。念のため確認という事でご連絡した次第でございます」
「さ、左様でしたか。ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」
必要以上に電話越しでがっかりしている様子の大井さん。
そりゃ”オタクの一押しがポンコツ疑惑”なんて垂れ込まれたら良い気はしない。
「早急に事実確認をし、ご報告を…」
「いやいや、そこまでではなく何かしらの事情だったり背景をご確認いただければ、私が責任を持って対応致しますので」
「小畠さんがそう仰るなら…」
お互い言葉に表せない不快感を押し込めて電話を切る。
森の相談のあった翌日、つまりは今日。えいやと大井さんに経緯を説明しウラを取ってもらう。こう言う事は急いでやらないと問題が解決する前に人間が辞めてしまう。
森の目は本気だった。かれこれ5年の付き合いだがあそこまで追い詰められている森を見た事が無かったし、どんな難題も冷静に対応し乗り越えてきた。その度に成長を誉めるが彼女は謙遜して受け取らなかった。
その森が直談判で非難轟々に訴え、事の次第によっては退職まで辞さないと言っている。尋常ではない。
俺は気が乗らないがあっち側にも話しを通さないとな。
「そんな寝ぼけた事を言うなら辞めさせたら良いじゃないか。自分の能力を棚に上げて、新人の面倒も見れないから投げ出したんだろう。それも俺にでなくオタクに直接話したってんならオタクらで解決してくれ」
「そうは言われましても田口さんに相談した上で私の所に来たんですよ。私も自分の仕事がありますし」
「俺の忠告を無視して、だろう?人の顔潰しておいて虫が良すぎる。そう言うことだ。俺だって身体は一つなんだ、忙しいに決まってる」
顔も見ないでフイと席を立ち、部長を捕まえて喫煙所へと足早に去っていった。
それ見たことか。言わんこっちゃない。次長のクセに何一つ責任を取ろうとしない。手柄の横取りは文句の付けようがないくらい一流だが。
面倒な事になった。単に女同士のウマが合わないの次元を超えている。森は自身の進退まで覚悟して訴えてきている。
まずは事実確認、状況だけでなく証拠集めだな。
「ああ、和田君。次回の昇格面談のアポ日なんだけど…」
「あれ?小畠さん!珍しいっスね!」
無理矢理用事を作って二課の中に入り込み、この後行われる週一の会議前に情報を集める。
「アポ日がどうかしましたか?」
「いやなに、次の日部長ゴルフだから、早く帰りたいと思うんだよね」
「マジっすか!?聞いといて良かった〜!ちょっとまとまりが無い部分あったので短めにまとめ直します!」
部長のゴルフは事実だが、早く帰りたいかは部長次第だ。俺のせいで和田の昇進や査定に影響が無い事を祈るばかりだ。心の中で二人に手を合わせる。
「ところで…、麻生さんはまだ来てないのかな?」
「おっ!早速狙ってんスかぁ?莉加っちはダメですよ〜!ああ見えて子持ちなんですから!」
君よりかは多くを知ってるから大丈夫。それより莉加っち呼ばわりされてんのか…。セクハラとかモラハラとか煩いんだぞ。
「莉加っちは森さんと一緒だと思うんでまだだと思いますよ!」
「随分と親しげに呼んでるけど、仲良いの?」
「うーん、良いと言うか可もなく不可もなく?話しかけたら答えてはくれますけど、向こうから積極的って訳ではなく、ですね」
「それって嫌われてんじゃないの…?」
「いやいやいや!性別や年齢関係無く皆んなにそうですから!ボクだけ嫌われてるとか無いですから!」
やけに強調するあたり、狙ってるな、コレ。君が言う通り子持ちなんだから、経験が少ない君は辞めときなさい。
「麻生さんって大人しい感じなんだ?」
「大人しいって言うか、儚いと言うか、切ないと言うか…」
これ以上は私情が吐露されるだけだと判断し、礼を告げて席を離れた。昇格面談頑張れ。
森の発言の事実確認は一つ取れた、と思う。
『会議で発言しない』≒『話しかけないと話さない』
さて、自分の仕事を後回しにして会議を覗いてみますかね。