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#67 : Trappola esplosiva

Booby trap

 あんなに愛し合った仲なのに、個室の中は殺伐とした空気が漂っている。


「お疲れのところ申し訳ないけれど本題よ」

 瑠海がストローを使ってウーロン茶を飲んで言う。酒豪の小畠をも上回る彼女から想像がつかない可愛さがあるが、今の空気でそんな事を言ったら二度と口を開かなさそうなので黙って耳を傾ける。

 彼は彼女の真意がまだ読めないでいる。


「…二十年以上実績がある一流企業と、創立から僅か半年程度の会社間での取引についてよ」

 じっと見つめたまま瑠海は続ける。一流企業とは小畠の会社を指しているのか。

「貴方がもし取引するとしたら、どう本社に稟議を上げるか意見を聞かせて」

 蛇に睨まれた蛙とはこう言う事を言うのだろう。身を持って実感しながら彼が口を開く。


「…まず資本金の確認。事業規模にもよるが潤沢でなければ論外だ。それから最低でも三期分の決算報告とデータバンクの評価を確認しない限り土俵には上げれない。仮に取引をするとすれば売掛の限度額を最低ラインで決め、支払いは翌々月(60日サイクル)ではなく翌月末(30日サイクル)の現金払いで三年、資金流動の様子を見て与信の増減を再考する」

 いつもなら喉を鳴らして飲むビールを遠慮がちにチビりと飲む。瑠海の目は逸らされていない。


「同意見で安心したわ。その企業は残念だけれど、実績も無い、評価も無い、担保も無いなら取引は出来ないわよね」

 口元が吊り上がる。笑っているような、怒っているような…。

「元が一課だって言ってたけど、ウチでそんな新規案件なんか聞いた事ないけど?」

「つい最近も見ているはずだわ。そうね、先日の雪の日とか」

 ドキ、と心臓が止まるかと思うくらい鼓動した。瑠海はナニを言っているのか。


「あ、あの日は出勤していたけど、それが?」

「貴方だけ?」

 先程より強く心臓が鳴る。

「降雪と同時に自宅待機命令が出た。会社に近い私でさえ、ね」

 人命最優先と言いつつ、帰宅困難者や転んで労災など起こされた方が迷惑を被るから待機させる。

 基本的に土日祝日は休みで、急ぎの案件なら個々人の携帯が鳴るし、営業達は不測の事態に備えノートパソコンを持ち帰っている。会社の電話も降雪の影響が無い大阪支店に転送されている。どうしても取り継がなければならない案件は大阪支店から直接、連絡が来る。


 首都圏で雪が降る、そのタイミングで打てる対策は徹底している。事前に準備がしっかりと出来ているからこその待機命令なのだ。

「ここからは()()ではなく()()よ。今日からのイベントで使うはずの販促品の納品日はいつだったかしら?」

 三度目は流石に心臓が止まりそうだった。なぜそんな事を聞いてくるのか?彼女がわざわざココに彼を呼んだ理由は何なのか?暖房が効いてるとは言え汗をかくほどではないのに、あの日(クリスマス)のタクシーのように汗が噴き出る。


「…貴方が答えられないなら教えてあげる。待機命令があった土曜日よ」

 瑠海は無意識でストローに八つ当たりしている。歯型がいくつかついたストローは誰のせいでこんな目に遭っているのか。

「そ、そうだね。土曜に俺が対応した」

「貴方一人で?二課分の販路も入れたら100を超えるのに?」

 蛙の彼はどう足掻いても捕食される運命にあった。

「…新卒が対応する予定だったんだけど、待機命令が出て、心配だったから向かったんだ」

「新卒?」

「よ、四ツ谷だよ。ほら、ここで一緒に飲んだ」

「ふうん。彼女も対応する予定だったのね。私は()()の方しか知らなかったわ」

 彼は地雷を自ら踏んだ事に気づいた。わかりやすいのは性格だけでなく見た目もだ。汗が滝の様に流れ出る。瑠海はその汗を眺めながら確信した。


「さっき言ってたわよね?与信が乏しい会社と取引はしないって」

 ストローはもうペチャンコに潰れ、使命を果たせなくなっている。

「最低でも三期分の決算報告が必要だと。その計算なら三年は運営を維持していないと貴方の信用に繋がらない、と言う事よね?」

 小畠はなぜここに呼び出されたのかがわかり始めてきた。


「私でさえ貴方の会社で言ったら半年足らずよ。でも実績で言ったら三期以上、粉飾無しで常に黒字経営の好調な会社。株価も高いし安定している優良企業よ」

 小畠はもう瑠海と目が合わせられなかった。

「私の目をちゃんと見て」

 逸らしていた目をゆっくりと上げて目線を合わせる。

「…彼女と寝たわね?」

 四度目に心臓は止まった。朝からおかしいとも思わずにノコノコと『間抜けな罠』にかかりに来た自分に呆れ果てる。


「答えるまで帰さない。私をあれだけ拒んだクセに一度抱いたら誰でも良いわけ?私が心を許した人はそこらへんにいるような簡単な男だったの?」

「そ、そうじゃなくて」

「私がどんな気持ちで貴方を見ていたと思っているの?身を投げる覚悟で伝えたの覚えているでしょう?」

「勿論、覚えているし、嬉しかったよ…」

「だったらなぜあんな小娘と!」

 瑠海が感情を表に出している。あの日の彼なら喜ばしく思ったが今は抑えていて欲しかった。


「…ごめんなさい。感情的になってしまったわ」

「俺こそ、ごめん。()()ー」

()()!」

「る、瑠海の気持ちも考えずに軽率だった」

「…らしくないわよ」

「ご、ごめん。謝って済む問題では無いけど」

「私は約束した。秘密を守ると。あの()にソレができると思う?今は余裕が無いだろうけれど、閑散期(ヒマ)になったらランチや飲み会で得意げに話し始めるわ」

 瑠海の言う通りだった。美希とは何の約束もしていない。守秘義務違反だと訴えたところで、何も契約を交わしていない。


「もしかして、私のせい?貴方のポリシーを破らせたから?それなら非は私にある」

「いや、俺が悪い。本当にごめん」

 別に付き合っていたり、結婚しているわけでないのになぜ謝るのか。少し前の小畠ならそう思ったが、瑠海と関係を持ってから考え方が変わった。


 瑠海の心も抱きたくて自分からも求めたクセに、その矛先をアッサリと美希に向けている。瑠海のプライドはズタズタだ。詰問されても文句一つ言い返せない。それどころか謝る事しか出来ない語彙力の無さに落胆している。

 ビールはぬるくなり気が抜けていた。

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