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#64 : 雪の城 9 〜Last episode〜

「あれ?小畠さん。もう5時だってのにご苦労様です」

「お疲れ様です。ちょっと書類を取りに。スグ帰りますよ」

 昨晩の守衛は夜勤だったので今日は休みのようだ。数人いる守衛のうち、良く会話をする年配者に名前と顔を覚えられ悪い気はしなかったが、今日は別の守衛さんが良かった、と心の中で冷や汗をかいた。


「お疲れーっす」

『お帰りなさーい』

 待機命令が未明に解除されたため、社内にはそこそこ社員がいた。セキュリティ・キーを持った当番、電話番、土日の成果報告業務、土曜日分を取り返しにかかる緊急対応の社員達だ。

 もう雪は止んだとは言えこの寒空にジャケットだけの小畠を見て訝しげに思うが、昨夜のことは誰も知る由もない。


 昨日の夜に取り出せなかった荷物を纏める。私物携帯は誰からも着信が無ければ、メッセージも無かった。安堵はしたものの、これはこれで寂しい気持ちになる。


 さあ、帰るか。席を立ったその時ー


「お疲れ様です!」

 ホテルを出た後、駅まで送ったはずの美希がドアを開けた。

『おかえりなさーい』

 数人の声が重なる。誰がタイミングを測っているのか知らないが、やけに揃っているもんだと妙な感心をする。


 いや、それより美希だ。

 脈拍が上がり、薄らと汗をかきながら彼女を目で追う。


「お疲れサマです!」

 先程まで裸で抱き合っていた彼女から元気に挨拶される。

「お、お疲れ様…」

「忘れ物をしてしまいまして」

 片目を瞑りながら内緒話をするように美希が続ける。

「パンプスを資材置場に」

 シンデレラの靴は王子ではなく、本人によって拾われた。


「小畠()()も出られますか?」

「あ、ああ」

「では、お疲れサマでしたー!」

『お疲れさまでーす』

 少人数だがやはり見事な合唱であった。


「駅までご一緒しませんか?」

 ぴょこん、と美希がイタズラっぽく声をかける。

「お疲れ様でした。お気をつけて」

 年配の守衛は何事も無いように二人に笑顔で挨拶をした。彼女も何事も無かったかのように和かに挨拶をする。彼は先程までベッドに居た彼女が本当に同一人物なのか混乱している。


 美希は子供ではなくなった。身も心も大人になっていた。もう焦らない。かつて無いほど自信に満ち満ちていた。

 一つだけ上げるならば歩き方に違和感がある。雪道なので誰も怪しまないだろう。それよりも彼がまだ一緒にいるような感覚が残っている事が嬉しかった。


 再び会社の最寄駅、美希と小畠は逆方向なのでここで別れる。

「…また、個別研修をお願いします、ね?」

 改札を抜けた後、恥じらいながら告げた。

「へっ…?」

 彼が美希の方へ振り向いた時、小さな桜の花びらが彼の頬に咲いた。


 たった一晩でここまで成長するのか。

 彼は驚きつつ、彼女の勇気に心が高鳴った。


 雪の城は溶けない。

 美希がどんなに熱くなっても。

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