#62 : 雪の城 7
美希は天にも昇る気持ちで小畠を受け入れた。初めての経験だったが、彼女には少し大人すぎる行為であった事はまだ知らなかった。
「これが、大人のキス」
絡みあった舌先が名残り惜しむ様に、二人を結ぶキラキラと光る艶かしい橋を渡し、その橋の名前を彼が教えてくれた。
「教えて、下さい。もっと、大人のコトを…」
美希が上を向いて目を閉じる。桜の花が綻んでいる。
内心、彼はやり過ぎてしまった事を悔いた。あれぐらいされたら納得して引くだろうと思ったが、火に油を注いでしまったようだ。
彼のブレーキ役だった彼女は、自らその役目にピリオドを打った。
その想いに反応するかの様に、彼は今年の抱負を思い出し、実力行使へとシフトする。
二人の唇が重ねられたまま、左手が肩から腰へ背中を滑る様にゆっくりと降りていく。初めての感覚に全身が痙攣する。そのまま腰を強く抱かれ、彼が口内の奥まで蹂躙する。更に左手が下へと進み、スカートを捲る。声が出そうになったが、今は彼に塞がれている。
ゆっくりと時間をかけて顔が離れる。美希は上気し恍惚とした表情をしている。
大人の顔になった、と彼も思ったがまだ手は休まらない。
右手を滑らす様に下ろし、美希の思いが詰まった水蜜桃を解放しようとジャケットのボタンを外し、ブラウスのボタンに手を伸ばす。急に恥ずかしくなったが、美希は覚悟を決めキュっと目を瞑った。
一つ、二つ、三つ…、ボタンが外され少しの解放感。
四つ、五つ、六つ…、全て、開かれてしまう。
ブラウスの下に着ていたキャミソールをたくし上げられ、美希の思いが露わになる。その思いを慈しむようにそっと、熱くなった彼の手がゆっくりと撫で回す。
今まで重力しか感じなかった胸から快感がゾクゾクと全身に走り回る。こんなにも、気持ちが良いなんて。
美希の右耳を甘噛みしながら彼女の思いと語り合う。
「…痛く、ない?」
「あっ、耳、ダメ…です。大丈夫、ですから」
“耳元で囁かないで”と言いたかったが、誰に教わった訳ではないのに快感に喜ぶ声を上げてしまう。
パチッ、と聞き慣れた音がすると、美希の思いは全て解放されていた。どうして前だとわかったのだろう?この時の美希はわからなかったが、背中をなぞった時に彼は確認していた。
全てを曝け出し、美希は息を飲んで彼を受け入れた。
「俺を温めるはずだったのに、これじゃ風邪ひいちゃうよ?」
耳元で囁く。声だけで腰の奥が小刻みに痙攣し立っていられなくなる。
「い、良いです。もっと、もっと教え下さい…」
美希も彼もここまで来てしまったら引き返せない。
それなのにー
「…っと、ここまで」
急に彼の実技が止まった。美希が初めての快楽に酔いしれている間に壁際から少し離れ、彼にかけていたコートが持ち主の肩へと戻る。
ここまで来たのに、なぜ?身体つきも子供だと言いたいのかと彼を見上げると、不意にキスをされた。
「…会社の資材置場なんてロマンティックじゃないね」
ここまでしたのに照れくさそうに言う彼にまた胸がときめく。子供だからではなく想いを、思い出を大切にしようとしてくれている。
「脱がしたのは俺だけど、ちゃんと着ないと風邪ひくよ」
捲し上げたキャミソールを整えながら言う。
「…責任、取ってください」
「へ?」
「責任、です。ここまでしたのにお仕舞いだなんて、最後まで責任持って研修して下さい!」
彼女の目は潤んでいた。彼で満たされたい。ただそれだけを願っていた。普段のお嬢様から想像がつかない、少し狂気じみた目つきだ。
時計は四時前を指している。
小畠は美希の思いに答えず、キャミソールの下から手を入れホックをかけ、ブラウスのボタンを下からかけ直す。
もう、終わりだ。彼女の気持ちも、今までの行動も、火曜会の参加も全てはこの時の為にあった事だと思えたのに。
彼は自分の上着を整えると振り返って美希に言った。
「研修会場はココじゃないよ」
閉じ込められてはいるが、外に出るのは自由なのだ。戻るには守衛を待たなければならないが。
きっと夕方位に休日出勤のフリをして出社するだろう。置きっぱなしの荷物を取りに。