#60 : 雪の城 5
気を取り直し小畠は残りの梱包に勤しんだ。
伝票を書き終えた美希が販路と封入数をチェックしながら段ボールに伝票を貼り付けて行き、伝票が貼られた段ボールを彼が閉じて行く。コツを掴んだ二人の連携で美希の想定よりいくらか早く終われそうだ。
「これで最後、です!」
ペタッと伝票を貼り付けた美希が笑顔で伝えた。
「お疲れ様!ありがとう!助かったよ…!」
「こちらこそありがとうございました!本来なら私達で対応しなければならなかったのに、小畠課長にまた助けて頂きました」
前に助けたか?と言う疑問が浮かんだが、達成感より反省が先に出るのは何だしと思い、努めて明るく美希に伝える。
「四ツ谷さんの仕事の先に俺達が、二課が、会社が繋がっている。だからこれも俺の仕事なんだよ。お礼を言うなら俺の方だ。ちゃんと報告してくれて難を逃れる事が出来た」
「報・連・相とエスカレーション・ルールの徹底をしたまでです。特別な事は何も。それに待機命令を無視してしまい…」
「ほらほら、固い事は無しナシ!無事に終わったんだから良いんだよ!経過も大事だけど俺達は結果をもっと大事にしなくちゃ!」
本来なら規則違反をした美希にお説教をする管理職だが、そんな事をして彼女のやる気を、未来を摘み取りたく無かった。社会人一年生から無事に進級し、後輩が出来た時にはちゃんと窘めよう。そう思いお小言は四月以降だな、と保留案件へ格納する。
美希は彼がそう言ってくれるならと、暗い気持ちの上からパステル・カラーを上塗りして切り替えた。
「そう言って頂けて嬉しいです!ありがとうございます!」
彼女の純粋さが戻ったようで安堵する。外していた腕時計を見ると二時を指している。
後は荷物を集荷場所に運ぶだけだ。この雪の中、果たしていつも通りに集荷に来てくれるかは祈るしか無い。今の美希にそれを伝えたらまたしょげてしまいそうなのでこちらも胸の内に収める。
台車に段ボールを乗せ十数回も往復すると、生乾きのシャツに追加の汗がじゅっくりと染み込んだ。最後の段ボールを運び終えた頃にはすっかり身体が冷え身震いをしていた。このままだと風邪をひきそうだと思ったが、着るものはジャケットしかない。
時刻は三時になろうとしている。守衛は七時には来るので四時間はここで震えていなければならない。当番は早くて八時だ。
「お疲れ様でした!って大丈夫ですか!?顔色がよろしくないですよ!?」
「お疲れ様。大丈夫、今日は飲んでないから調子悪いんだ」
心配させない様に強がったが身体は正直だ。この真冬に大汗かいてほっといたため体温がしこたま奪われ震えている。このままだと良くて風邪、拗らせたら大きな病気に罹るかもしれない。ブランデーを煽り内側から温めたかった。
そんな事を考えていたら、美希がコートを脱いで小畠にフワリとかけた。
コートはとても高貴な肌触りだった。美希の体温を帯びていたからか、ほのかに暖かく、なおかつ保温性が高いのか内側の熱が逃げ出さない。
「ちょ、ちょ!だ、大丈夫だからっ!」
慌てて脱ごうとする彼の手を掴み、そのまま彼の胸に飛び込んだ。先に触れたのは水蜜桃、次いでストロベリー・ショコラのセミロングヘア。ピーチを連想させる香りが漂った。
耳まで赤くなった美希が、彼の震えを収めようとしがみついている。
「なななななな!ちょ!」
「た、体温!体温を温めるには一番良い方法だと!なので、温まるまで、このままです!」
緊張からなのか美希の言う通り彼女は熱かった。恥ずかしさも含まれているのだろう。これなら彼を外側から温める事はできそうだ。
「そ、そ、そのお気持ちはありがたいのだ、けど、さ、流石に社内でコレはマズイよ…」
「大丈夫です!」
「いや、ゼンゼン大丈夫じゃないよ…」
「カメラ!防犯カメラは廊下でこの部屋の中にはありません!なので、誰も見ていないんです!」
それとこれとは違うのだが、美希の中では正論のようだった。
娘の様に思っていた部下に抱きつかれながら、彼は去年の暮れを思い出す。
…いや、美希は瑠海とは違う。純粋に体調を心配して咄嗟に出た行動だ。危なげなところは彼も認識していた事だ。
その気持ちを裏切ってはいけないと理性を保つために暗算をするが、掛け算の2の段で躓いた。