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#59 : 雪の城 4

 時計は深夜一時を指していた。


「これ、で…良し!」

 ぺしっ!と段ボールに貼り付けたテープを叩く。順調なペースで進んでいる。

 社内でドアがついているとは言え、暖房が無い資材置場は動きを止めると寒い。美希は上着にコートを羽織っているが、小畠はジャケットを脱いでシャツの袖を捲っている。

 終わりが見え始め勢いが収まったのか、袖を戻しても寒気を感じた彼は、執務室のコートを取り行くと伝え廊下に出た。


 ドアを開けると廊下は暗闇に包まれ、資材置場よりも冷えていた。まだ残って仕事しているのに、と心で悪態をつき仕方なしに左の壁沿いに進み、ぼんやりとオレンジ色に光る廊下の電灯のスイッチを点ける。その先にいつぞやの給湯室が見える。あの時に美希の水蜜桃を拝んだのが今日までの関係の始まりだった…。

 莉加を安心させる為、そして莉加に良からぬ事をしない為にも、ブレーキ役として咄嗟に美希の名前を許可なく出した。


 オリエンテーションが終わった後の挨拶の時は顔立ちの可愛さに目が行って気が付かなかった。森の不満解消の為に二課の会議に連れ出した時も、販売応援用のジャンパーを着ていてわからなかった。秋口に『火曜会参加』の承諾を得ようと連れ出した時、ジャケットを脱いでいた美希に目を見張った。

 先程も肩が凝ったと言っていたが、伝票を書いていなくても肩が凝りそうな大きさだ。彼の人生の中で一、二を争う大きさとカタチをしている。それなのにその武器を使わず、素直で明るく楽しく仕事をする彼女を『天使』と社内のオトコ達は呼んでいる。小畠も世間一般的に言う『ギャップ』を思い知らされた。

 そう懐かしみながら、そのまま廊下を進み右手にある執務室の入り口へIDカードをセンサーへかざす。


『ピピピッ!』


 いつもと違う反応に一瞬戸惑う。壊れているのか?

 もう一度かざしてみるが返ってくるのはいつもと違う音で、ロックは外れなかった。

 何事かと焦りながら考えると廊下の電気もだが、執務室もロビーも全て消灯していた。点いているのはエレベーター付近だけだ。


「ま、まさか…!」

 慌ててセンサーの周りを良く見てみると、


『警備開始』


 と書かれたランプが緑色に点灯している。守衛が彼らに気づかず、確認せずにセキュリティをオンにして帰ってしまったのだ。彼らは閉じ込められてしまった。

 幸い、ビルの外へ出る分にはIDカードで問題ないが、執務室へは企業情報や防犯のため、警備が開始されると守衛かセキュリティ・キーを持った当番者が開けるまでは入室出来ない。無理矢理入ろうものならセキュリティ会社が警棒を持って押し寄せてくる。先程コンビニに行く時に財布を入れたままの上着(ジャケット)だけしか持たなかったので、私物携帯もコートも鞄も中だ。こんなことになるとは想像していなかったので、彼も自分用のセキュリティ・キーをデスクから持ち出していない。


 このままでは美希も朝まで帰れなくなってしまう、そう思い慌てて倉庫へと駆け出す。

「大変だっ!守衛さんが締めちゃった!」

 いつもなら驚く美希だったが、至極冷静に返事をする。

「私の荷物は全てココにあるので大丈夫ですが…」

 コンビニに行く際に全て持って出たようだ。拍子抜けした小畠だったがタクシーで帰れそうならそれで安心だ。彼は明朝に守衛が来るまで会社に軟禁状態だ。


「後はやっておくからタクシーで帰ろう?」

「…この雪では呼んでも来てくれません。先程コンビニ行く時にスマホで確認しました」

 美希は小畠に初めて嘘をついた。確認したのは本当だが二時間前の情報なので今は解消されているかも知れない。

 今の美希にはどっちでも良い事だった。このまま彼と夜を過ごせるならどこでも良い。社内でも、資材置場でも、この『雪の城』でも。

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