#58 : 雪の城 3
「ありゃあと〜あ〜したぁ〜」
こんな雪の日に仕事をしている会社員に、感謝の気持ちがこもっていない挨拶をしたコンビニ店員は、自分と同様だなと思い心の中で彼を憐れんだ。
だがしかし、女連れなのが気に食わなかった。この雪で電車は止まっているしタクシーも捕まらない。可愛くてたわわに実った果実を持つ女性と、こんな夜半に弁当を買いに来たという事は二人でしっぽりとお泊まりだろう。
(解せぬ。腹の虫が治らない)
彼は必殺の呪文『リア充滅せよ』を唱えた。
…こうかは ばつぐん だろう。
『パキィ…』
小畠が割った割箸はやけに歪な形をしていた。
「…なんか呪われてる気がする」
「呪いでお箸の割れ方が変わるのですか?」
小さなパスタと小さなサラダの美希はフォークなので試しに割る事ができない。
「あ、ソースがついていない…」
豚カツ弁当を温める際に取り外したソースをつけ忘れた。あってはならないのだろうが、これも呪いの効果なのだろうか。
「お味はいかがですか?何でしたら貰いに行ってきますけど…」
「ありがとう。大丈夫。腹に入れば良いんだ。今度からあの店員に会ったら『ソース無しで』って頼んで温めてもらうよ」
嫌味たっぷりに言ってやるぞ、そう思いながら味も厚さも薄い豚カツを噛み締める。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせて美希が小さく頭を下げる。言葉の端々に上品さと育ちの良さを感じさせる。同じ言葉なのに小畠が言っても誰も何も感じないだろう。
(こんな事が前にも…)
既視感を覚えた二人はそれぞれ飲みに行ったあの日の時を思い出す。
三人での初の火曜会の後、美希が莉加を出し抜き勢いだけで食事に誘った。二人だけで酒宴が出来たなんて大人に一歩近づいた記念すべき日だった。
だが、瑠海と鉢合わせるハプニングに見舞われた。それだけならまだしも、あからさまに美希を意識した実力行使で自信喪失していた。
(子供だと思ってあんな事を…)
小畠を取られた気持ち、記念日に泥を塗られた思い、色々な感情が綯い交ぜになって押し寄せてくるが、前向きな彼女はあの夜を体験したからこそ今があるのだ、と信じて腐るのはやめた。
一方で小畠は美希が暴走しなければあの夜に瑠海と出会っておらず、帰り際に挨拶をしに来た瑠海が『美希』と言う人物を意識しなかった。
二度目の再会時に彼女が運命を感じることもなければ、彼を誘わなかったし、湧き上がる想いに賭ける事もしなかった。
あの夜が無かったら二人はクリスマスの夜に情事に及ばなかった。即ち、二人の仲は始まらなかった。
半分は瑠海に脅されて事に至ったが彼もその気は持ち合わせており、孤高で誰も寄せ付けない彼女が心を許し蕩ける程に愛し合った。
美希はまだ知らない。二人が彼女の想像を遥かに超えた秘密を共有する関係になっている事を。
彼は熱いものが込み上げてきてふと我に帰る。こんな所であの夜の事を思い返して欲情しても瑠海はここにはいない。そばにいるのは手折らざるべき天使のガーベラ、美希だけだ。ぬるくなったお茶と共に催してきた気持ちを押し戻す。
「ちゃんと食べれたかな?大丈夫?」
「ありがとうございます。頂きました」
彼の顔に赤みが差しているのはご飯を食べて血液が循環したせいだろうか。
「ゆっくり出来なくてごめんね。残り片付けよっか」
「はい!かしこまりました!」
またもや小さな敬礼に遅れて水蜜桃がボディ・ランゲージで答える。
どちらにせよ彼が生き地獄を味わう事には変わり無いようだ。




