#54 : 年は暮れて
年末に向けて特に大きな問題もなく、売上も想定内で落ち着いたので心置きなく休めそうだ。
今年も色々あったな。この歳になって考えさせられる事が多い年だった。
来年の抱負は『やらない後悔よりやる後悔』だ。
…下ネタでは無いからな。
口をつけばスグ”たられば”になる。俺は縛られたく無いし、自分で縛り付ける事はもうしない。相手が誰であろうと自分の気持ちを取り繕わず自然に、正直に生きる。
…これも瑠海のおかげかもしれない。感謝を伝えたいがアノ後すぐ休みに入ったし、業務端末も知らないから実質また来年なのだけれど。会えないとわかると唇が寂しく感じるな。
独身貴族の俺は独りカウントダウンパーティーが毎年恒例だ。年越し蕎麦とビール、日本酒にシャンパンを用意していたら珍しく私物携帯が着信を告げる。高校から腐れ縁の優からだ。
ヤンキーなのに見た目はアイドル並みに良くてアホみたいに女にモテてたヤツだった。他校の女の子や飲み屋のお姉さん達のファンクラブがあったくらい有名人だった。
「Yo!何やってんのー?」
「オメーから電話無かったら蕎麦喰って寝るとこだよ」
高校時代は今ほどつるんだり仲良く無かったが、卒業直前にお互い彼女に振られ、似たような心境だったからつるむようになった。仲が悪かった訳では無く楽しいと思う事が違った。優は女と酒と暴走、俺は女と酒とロックだったから微妙なスキマがあったんだよな。
「ったくコレだからリーマンはツマンネーんだヨ!じゃあ一時間後な!」
「ちょ、おま、待てっ!」
アイツはいつも本能の赴くまま、思いついたら即行動の鉄砲玉だ。
アイツは高校生のまま成長しようとしない。一番楽しかった時間で止めている。手枷・足枷に囚われたまま狭い世界で死んだ様に生きていたく無いのは俺も同感できる。でも俺たちはもう子供でなくなってしまった。社会がソレを許してくれない。
保護も無くなりめんどくさい事が増え、責任もついて周り、自由の定義どころか意味すら考えなくなった。普通に社会人になったら皆んな似たようなモンだろう?
高校生のまま時を過ごして来たアイツは迷いがない。したい時にしたい事をする。例え法に触れる事でも。
アイツの趣味はバイクで、マフラーから『ばぶぅ』と音が鳴る事から愛称が”バブ”とついたバイクと、全長4メートルのザリガニがバンザイしたようなアメリカン・バイクは高校時代からの宝物だ。
アホなヤツだが理にかなった生き方をしている。まともな仕事に就けないし就かないから、金に困るとガラクタみたいなバイクを買い、自分で直して友達や後輩、知り合いのカスタム・ショップに売りつけて凌いできた。俺もハンドルが鬼のツノみたいなバイクを無理やり買わされた事がある。乗りづらいし小僧に絡まれるし、お巡りさんに追いかけられるからスグ売った。俺はヤンキーじゃ無いんだよ…。
“信号を無視して通りますよ”と言う意味の合図を切って、腹下直管のご近所大迷惑な”バブ”の音が5km先から鳴り響く。マンションまで来られて俺の世間体が崩壊する前に幹線道路まで出迎えに行く。このクソ寒いのに元気なこった。
「Yo!しけたツラしてんな!ラーメン喰いに行くゾ!」
「オメーはよぉ…。しかも年越しは蕎麦だろうがよ」
優がヘルメットを投げて寄越す。
ヤン車に乗る時は所属している部活の”指定服”に支部、地域名や意気込み、友好グループの刺繍を入れたものを着るのがしきたりらしい。引退すると特別な理由が無いと着ないのだが、今日のアイツの格好は漫画に出て来そうな世紀末のワルモノみたいだった。
ショットの革ジャンにチャップス、ジャーマンのメット、鉄板が入ったマーチン・先生のブーツ、強化ナックルが入った皮のグローブ。完全に『戦闘態勢』だ。…物凄く嫌な予感がする。
「渋滞キチィから2ケツで行くべ!?」
コイツ、これから山梨県にある遊園地まで暴走する気だ…。
「…ラーメンならそこにある。家系でいいだろ?」
「ああっ!?せっかく気合い入れたのに行かねーのかヨ!?」
「行く訳ねーだろ!バカかテメーは!」
万年16歳は来年二回目の成人式を迎えると言うのに何も考えていない。
有る意味、羨ましい。俺は自分で自分をカタにハメてばかりいる。
時は流れてやる事が変わっても、中身はそうそう変わんないんだな。来年の抱負大丈夫かな。