#53 : 我慢を美徳と履き違えるな
蓋を開けたらイベントの片付け、数字の取りまとめ、年末年始の計画とやる事がチョモランマ並みに山積みだった。完全に舐めてたわ。
楽勝モードからハードモードに替わる事を確認した俺は、火曜会を開催しているカフェに一人でサボりに行くことにした。やっぱり気が乗らない。腑抜けも良いとこだ。
アルバイトの女の子が俺を覚えてくれていて、わざわざ注文しなくてもコーヒーを淹れてくれる。砂糖を一つしか使わないのも知っているので、先に入れておいてくれるのもポイントが高い。是非ウチの会社に欲しい人材だ。歳いくつかな。
「日曜日なのにお仕事お疲れ様です」
「いつもありがとう」
年端も行かない女の子に労われると自然と疲れが吹っ飛ぶのはオッさんだからか。これからサボろうと思っていたのに不思議と元気になってくる。
今年最後の日曜日を休日出勤している。我ながら社畜街道まっしぐらだ。若い頃はこんなの絶対にごめんだと思っていたが、いつの間にか当たり前になっていた。
先程もらった元気が消え入りそうになったので、日当たりの良い窓側の席に向かう。オフィス街のカフェなだけあって日曜の昼下がりは人の影はまばらだ。
午後の日差しはポカポカで居眠りしそうになる。研修始めたのもこんな小春日和だったな。
今期も人手不足は解消されず、新卒入社も必要だったがやはり即戦力が欲しかった。そこでアウト・ソーシング、派遣会社から経験者を募り事業拡大を図った。
一課2名、二課も2名、合計4名枠の募集の内、1名は新卒が決まっていた。四ツ谷だ。
入社までのプロセスは人事部で行なっており、彼女と会ったのはオリエンテーションが終わり一課配属辞令の時だ。
緊張しながらもThe・お嬢様って感じで丁寧で洗礼された言葉遣いで話をしていたな。伏し目がちで俺と目を合わせると緊張からかキョドっていたが、社会人一年生なんてそんなモンだし、辞められても困るから殊更丁寧に対応したな。
それが功を奏したのか、元からスキルがあったのか、ゴールデンウィークが過ぎた頃には一人称で動けるようになっていた。クリスマスはイベントを一人で担当するまで成長していた。
火曜会も役に立ってるのかな。お嬢様が成長していくのは嬉しいが、子供が大人になっていくような気持ちで少し寂しい気もする。もし、四ツ谷が自分の子供だったらどんな気持ちなんだろうな。
後を追う様に大井さんの会社と取引を行う様になり、瑠海が紹介された。
事業形態は異なるが営業経験有り、商談や交渉も上手く、業務に必要なスキルは一通りマスターしていたので即採用となった。美人だったから、では無いのだよ。
確かに初対面で度肝を抜かれたが徹底して俺は自制してきた。結果、我慢出来ずに瑠海を抱いてしまったが。まだ熱めのコーヒーを一口飲んで込み上げてきた情念を腹落ちさせる。
本人の希望もあり法人格の二課に行った時、正直に言うと目の保養頻度が下がる事に落胆したが、仕事と私事を混同しない為にも良かったと言い聞かせてきた。
…ま、どうせこうなるなら意地を張らなければ良かったけどな。
それから夏本番まで人員は埋まらず、夏も終わろうとしていた時に麻生が紹介された。
あの時ロビーでの挨拶がとても清廉されていて、それだけで採用する価値が有ると直感が訴えていた。営業は人間力も必要なのだ。麻生のタイプなら応援者がこぞって名乗り上げると踏んで即決した。ぶっちゃけ俺のタイプだった、ってのもあるが。
受け答えもしっかりしていたし、ウチで営業がしたいってのがしっかりと伝わっていた。彼女も家庭の事情を加味して二課となってしまったが。
だがしかし、中に入ってみたらあんなに愛想が良かったのに謎の人見知りを発動し、力不足疑惑が上がり俺の予想が大外れした。森が麻生に、田口が森に対して感じていた事の責任は俺に有ったのかも知れないな。もうどうする事も出来ないが。
そんな麻生も着々と実績を積み上げ、一定の評価を得ている。火曜会が無駄にならなくて良かった。所属は違えど一緒に働ける嬉しさはひとしおだな。あの瞳を思い出したらキュンキュンしてきた。
…瑠海と距離が縮まったせいか、気持ちが大きくなっている。このままだと麻生まで俺の毒牙をかけてしまいそうだ。もう二度とこんな過ちは犯さない。俺は瑠海を信じたが、麻生にはそこまで感情的、行動的になれない。わかりやすい言葉で言うと『そ、そんなに仲良く無いんだからね!』ってヤツだ。なんだか和田がハマってるアニメのキャラみたいだな。
コーヒーも温くなって来たので戻りますか。
鬼のエクセル術でちゃちゃっと山を制覇してやりますよ。カフェの固い椅子だとやっぱり腰が痛い。歳は取りたく無いね。
あ、そう言えば一課は欠員したままだ…。