#52 : 痺れた唇は薔薇の夢を見るか
クリスマスも無事に終わり年末年始に向けて仕切り直しだ。
日曜の朝だと言うのに大好きな会社に向かっている。
各販路や店舗で使われた販促品、設営ブース、ガールと呼ばれるイベント要員のユニフォーム回収、搬入受け取り、整理した後にクリスマスまでの数字の集計をし報告しなければならない。
本来なら四ツ谷の様なラウンダー達が行う業務だが、土日に絡んだから俺が引き受けた。どうせヒマだし。
ま、数字の吸い上げだけはやらせているから、まとめれば良いだけなので偉そうには出来ないが、搬入は老体に鞭を打ってお片付けするんだ、ビールくらい奢ってもらいたいモンだな。
朝から社内の資材置場を片付けて、昼過ぎから数字の取りまとめをやってさっさと帰ろう。派遣さんはもう休みだが正社員の仕事納めはまだ先だから体力は温存しておきたい。昨晩に使いすぎたから尚更。
自分で言い始めたらもうオッさんの証拠だが、身も心も若いと思っている。実年齢を当てられた事は一度も無い。三十歳の時に居酒屋で身分証提示を求められた時は流石に笑ってしまったが。童顔と言うのもあるが苦労が顔に出ない。だから自分自身、来年四十歳になるなんて思ってもいないし想像もつかない。
そんな若者ぶってる俺に、瑠海を突き上げた股関節の辺りから甘く切ない痛みが『歳を取ったな』と知らせてくる。回数はイケるんだけどね…。
昨日の事が頭から離れず何となく身が入らない。酒は残って無いが唇がジワジワと痺れ、自分のモノじゃ無いみたいだ。
彼女の唇は少し厚みがあって、ただ柔らかいだけで無く適度な弾力があり、重ねるだけで気持ちが良かった。快楽の為では無く”何か”を求めていたようなキスだった。
唇がぽわぽわと熱を帯び、昨日の夜を思い出させる。まるで息をするかの様に何度も唇を重ね合った。…夢であって欲しいような、欲しく無いような。我ながら派手にやってしまった。
昨日は俺から何度も求めた。タガが外れた瞬間、いつもつまらなさそうで寂しそうな彼女のココロの底が知りたくなった。全てを諦めた様な嘲笑では無く、本物の笑顔が見たくなった。言葉を交わして知る事もあるが、カラダに聴いて知る事もある。
妖艶で魅惑的、自信がカラダから溢れ出し、男に媚びない彼女が責める度に子猫の様に甘く、それでいて遠くまで通る切ないソプラノの高さで感じる声など、普段の姿から想像がつかないし聞くことなんて無いだろう。
泣きそうな顔で感じたり、安らかな寝顔をしていたり、潤む目でキスをせがんだり、少女のように笑ったり…。
間違いなく心も重ねる事が出来たのは満足している。
彼女の父親はイタリア人のようで言葉の端々にイタリア語が出ていた。仕事中に聞いた事が無いから瑠海も酔っていたのかもしれない。グラッチェくらいはわかるが他に知ってるイタリア語はファミレスのメニュー位だ。フォカッチャとか。
意識せずに出てしまうのだろうが、彼女の嬌声は日本式で見た目とのギャップがかなり大きかった。百戦錬磨の風格で少女の様な喘ぎ声で感嘆する。そのギャップが更に深みにハマらせる。自己紹介の時や四ツ谷を揶揄ってる時もエロかったが、アノ時の声は俺の真ん中をズキズキと疼かせそそらせる。
熱く早い鼓動に釣られて俺もドキドキしていた。柔らかくて良いカタチしてた。下着は絶対に高いヤツだろうな。
日曜の朝の電車の中で思い出す事では無いのだが、痺れた唇が瑠海との航海を呼び覚ます。
アホな事を考えていたら駅に着いていた。愚息が起きかけそうなのでアタマを仕事モードに切り替える。人が少ない車内とは言えこのままだと通報されかねないからな。
「おざまーす」
『おはようございまーす』
クリスマス後なのに日曜の出勤者の多い事。
君達は世間から『社畜』と憐れみを含め蔑まされてるんだぞ?キリスト教徒では無いがクリスマスの後はゆっくりしたかろう。大抵はヤル事やって疲れてんだから。
…俺もその一人か。仕事しよ。