#47 : Benvenuto festa di compleanno.
ようこそお誕生日会へ。
クリスマスの夜。この国では信仰に関係なく誰もがはしゃいでいた。
仕事を終えた瑠海はヒマを持て余していた。自社でも派遣先でも”寂しい人達”の飲み会が開かれ誘われたが、参加する気はさらさら無かった。
コートの裾を捲り腕時計に目をやると十九時を過ぎていた。
吐く息が白くレザーの手袋をしていても指先が凍る様な寒さだった。
奈央の所か、地元のバーか。行き着く先はどのみちカウンターだが一人でいる方がマシだった。
どちらにせよ移動しなければと思い、駅を通り抜け反対側のターミナルへタクシーを拾いに行こうとした時、各販路のクリスマス・イベントの確認と偵察を終えた小畠と偶然、駅で遭遇する。
「小畠さん。今晩は。また、お会いできた」
「あ、ああ。こんばんは。今、帰り?」
当たり障りの無い返答で煙に巻かれる位なら、いっその事こと押し付けてしまえ。瑠海は決意した。
彼の今夜の予定が空いている事を確認し休み前でヒマしている事、次いで今日が誕生日である事を伝え、遅くなっても良いからと半ば強引に奈央の店で落ち合う事を取り付ける。
偶然とは言え二度も意図せず出逢った。この事実は揺るがない。運命なんて信じて無かったが、今夜は賭けてみようと思いタクシーに乗る。
瑠海は誕生日も捨てたものではない、と密かに思った。
半ば強制的に参加させられた彼は、誕生日と聞いては手ぶらで行くわけにも行かず、何か無いかと店に向かう途中で探していた。デパートの角にある花屋で両手に収まる大きさの箱の中に、薔薇が敷き詰められているフラワーボックスを見つけた。
今日の誕生花を調べてみると『薔薇』であった。
彼が持つイメージは合っていた。クイーン・オブ・ハートがその手に持つ花に。もう一つ見知らぬ花が載っていたが、日本で手に入れるのは困難らしく、もっぱら造花だそうだ。
奈央の店に着いたのは二十一時を回っていた。瑠海はカウンターで優雅にシャンパンを飲んでいる。
遅れた事を謝罪し、紙袋からフラワーボックスを手渡す。
「……良くご存じね」
「優秀な部下が教えてくれたよ」
照れ臭そうにスマートフォンを指でコツコツと叩く。
「その部下の方と選んでくれた貴方に」
瑠海が小さくグラスを合わせた。
「お誕生日おめでとう」
自分より一回りも上の人間に祝福されるのも悪くない、瑠海は心の中で思っただけで口にせず、唇の端に喜びを留めるだけにした。
(わ、微笑った…?)
普段の瑠海から想像できないくらい、オーラも威厳も無いただの女性としての笑顔に胸を貫かれ、正気を取り戻さんとグラスを煽る。
「相変わらず強いわね」
炭酸が抜けない様に柔らかくグラスに注ぐ。
「でも、忘れないで。私の誕生日だってこと」
グラスの底から切間なく立ち上がるシャンパンの泡を見つめる様は、正にクイーン・オブ・ハート。
バロック調の絵画からこの世界に抜け出した彼女は、全身に憂いを帯びていた。
瑠海は久しぶりに気分が良かった。不器用な彼が誠実にプレゼントを選んでくれた事が何よりも嬉しかった。
「瑠海ちゃんが来るとは思ってなかったから、何も用意してなくてごめんね」
デザート用のケーキを持って店主が現れた。
いつもは穏やかな時間を過ごせるこの店も、今日はガヤガヤと騒がしい気がする。
特別に意識した会話はしていないが、気づくとシャンパンを二本開け、時間は二十三時を過ぎていた。隣駅に近いこの店からだと後三十分程度で終電だ。
瑠海が席を外した時を見計らい店長に声をかけた。
「なおくん、ご馳走様」
「小畠さん、いつもありがとうございます。本日は先に戴いておりまして」
瑠海が先に支払っていたようだ。いつの間に?と首を傾げたがその分、タクシー代を渡せば良いかと思案していた。
カウンターに戻ってきた瑠海にご馳走になった事を伝え、ハンガーにかけられていた上着を用意していると瑠海も着いてきた。このままタクシーで帰すか。そこでここの借りを返せば良い。そう思い店を後にした。
クリスマスの夜に走るトナカイは多かれど、先客がいるため中々乗り込めない。そんな時、小畠達の手前で酔客を降ろした空のソリを捕まえた。
瑠海の身体に触れない様にタクシーへと誘導する。酔った気がしているのは瑠海に当てられたからだと言い聞かす。
先に瑠海を乗せ、上着の胸ポケットから札入れを出し、黄金色の紙幣を瑠海に渡す。彼ももう時間が無い。
すると――。
差し出した彼の右手を瑠海が掴み、車内へと引っぱり込んだ。
彼の顔は重力を何とも思わない瑠海の胸元に挟まれている。
「まだ、時間はあるわ」
そう言うと運転手に場所を告げ、胸元に挟まれて居る彼に座る様に促した。
彼はと言うと、この真冬の中で滝の様な汗を流していた。