#45 : あなたが私にくれたもの
今日も今日とて火曜会に殴り込み…参加している。美希のポジションでは不必要な研修ではあるが”大好きな小畠に懇願された”という大義名分がある。大腕を振っておしゃべりを楽しめるのだ。
カレンダーは十二月に変わり、研修も残すところ今日を含め2回。来週で年内の特別研修は終わり、残りの半分は商戦期の追い込みをかけるためお休み。それまではデート気分を堪能しても良いじゃないか、美希はそう納得してホットの紅茶を一口啜る。隣に居る人物さえ居なければ最高に幸せなのに。
心の中でさり気無く悪態を突かれた莉加は、ホット・ココアをふーふーしてまたも小畠を滅殺しようとしている。猫舌なら冷たいものを飲めば良いと言われるが、華奢な莉加は冷たい飲み物を飲むと体の底から震えが止まらなくなるので、極力氷を入れた飲み物を避けて注文している。
”細いので冷房がきつくて”
そう言って彼女は夏でも長袖を着込んでいるくらいなのだ。
「前回のイノベーター理論ですが、自分でも深く調べてみました」
熱さで顔まで赤くなってる莉加が美希の幸せタイムを打ち切る。
「有名な経済学者の方が提唱されていたのですね。彼の方のプレゼン動画を拝聴した際、小畠さんと同じ図を描かれていました」
莉加が成長した所は、知り得た知識をちゃんと理解してから考察に入り、裏を取ってから本題を調べ抜く所だ。聞き齧った言葉で語ろうとしない。前回の教訓がちゃんと生かされている。
小畠とおしゃべりする場と考えていた美希は莉加に出し抜かれた気分だった。自分も帰宅後にちゃんと調べておけばと悔やまれる。何故だか紅茶が苦く感じる。今日は商戦期に託けてクリスマスの様子を窺おうと思っていたのに。
「アーリー・マジョリティに対する効果的なアプローチはあるのですか?」
莉加だけに小畠を取られるわけにはいかない。瑠海と言う強敵がいるのだ。そして美希はまだ知らないが、沙埜と言う天然爆弾も控えている。決して負けられない戦いなのだ。
「日本人なら簡単かな。”皆さまご利用されてます”、”一番人気があります”、”安心の日本製、カスタマーセンターも日本人対応です”」
「…半分本当で半分ウソっぽいです」
紅茶を飲みながら怪訝な顔をして美希が小畠を見つめる。
「そうだね。部品のいくつかは海外製で、組み立てを日本で行い”日本製”と言ってるだけだからね」
「法的に問題は無いのでしょうか?」
冷めてきたココアのカップを回しながら莉加が聞く。
「アサリや海産物を偽装する事件がありましたね。それと似て非なるものです。悪質で無い限り、特にお咎めはありません。とは言え私達はいつでも最高の製品、最高の価値、最高のユーザーエクスペリアンスをモットーに邁進するのみです」
「顧客への裏切りは会社の死を意味する、ですか?」
「言い得て妙ですね。少なくとも会社の方針がそうであっても、私は自分の信念を貫きます。良い製品を、良い価格で」
「私は自分で物を買うことがあまりなかったので、親と買い物に行くか、頼んでおいた物を買ってきてもらうか。製品の良さや価格、その会社のモットー等を考えて購入したことはないかも、です」
美希も冷めてしまった紅茶のカップを両手で包む。
「コレからは自分で稼いで自分で買う。その時に対価に合っているか、自分の期待より上か下か、色々判別方法は有るけれど、良い物を長く使っていきたいね」
「そうですね!物を大切にするのは当たり前ですが、製品ができるまで、出来てからお客様のお手元に届くまで、ご利用頂いてご満足いただく事が大切なんですね!」
研修に沿って話を進めたが、本心は気が気でない。美希はクリスマスに販路巡回があるが、終わった後にあわよくば…を狙っている。小畠も販路偵察に行くはずだから予定を合わせられれば。
「麻生さんはクリスマスはご家族とですか?」
美希が牽制をかける。
「そうですね。子供とは言えもう高学年なのでクリスマスより受験の方が大事ですが」
苦笑いしながら答えるが莉加本人の行動は示唆されていない。美希も気が付いていたが敢えて突っ込まなかった。莉加はプライベートを探られるのがイヤなのだろう。
「俺は販路偵察に報告書作らなきゃだから良くて終電、ほぼ泊まりがけかな」
冷め切ったコーヒーを飲みながら小畠がため息を吐く。
美希は遅くても二一時には終わる。次の日は出勤だったが小畠が休日出勤するから休むようにと強制で休みになった。美希にとっては大チャンスなのだがー。
サンタが本当にいるのなら、この純粋な乙女にプレゼントをお願いしたい。




