#44 : リア充組
乙葉とはるはどうだろうか。
乙葉は厳格な家庭で育った。日本古式、と言えばわかりやすい。
両親が共働きだった為、祖母が面倒を見てくれた。祖母は柔和で優しい人だが、躾・立居振る舞いにはうるさく良く窘められていた。書道・華道・茶道・剣道、道がつくものは何でもやらされた。小学校に上がる頃には一通りの事は自分で出来る様になり、瑠海に似た達観した精神を形成してきた。
子供の頃、クリスマスに友達の家のご馳走と夕飯の煮物を比較して怒られた事があった。ああ、あの時もウチはウチ、よそ様はよそ様で育てられていたなと思い返す。
上京してからもクリスマスに興味は湧かなかった。クリスマスを初めて祝ったのは、乙葉と同じ趣味を持つ仲間達のパーティだった。クラブを貸切にして行われたパーティーは思っていたより子供染みていて楽しめなかった。似た様な気持ちで壁の華だったはると出会ったのもそのパーティだった。
それからクリスマスはずっとはると一緒のリア充だ。
はるも少し複雑な家庭環境が背景にある。はるの祖父はフランス人で、名付け親の祖母は日本人。はるがフランスで産まれた時に季節が春だった事、フランスでも日本らしさが通用する様に”春”と名付けられた。
だがフランス語で”Haru”と表記すると最初のHは発音しない為『アフィュ』(フは舌の先を下の歯につけたまま、喉の奥からガラガラと”ル”を出し”リィュ”と発音する)と現地の人間に発音され、『アルベール』の省略のようで可愛くないので平仮名で”はる”にし、表記もルと発音されるように”Halu”となっている。それでもそのまま読めば『アリュ』に近い。
フランス語の最初のHは発音しないが、ちゃんと説明すれば”ハル”と呼んでくれる。フランス人はちゃんとハ行が喋れる。
祖父はもう他界し、祖母は親族とフランスに住んでいて何年かに一度遊びに行く程度である。フランスに帰り観光しようと思うが、どこに行ってもアジア人ツアーだらけでとてもロマンティックではない。
庭先の噴水を望む東屋で陶磁器の様なお城をバックにアフタヌーンティーなど絵本の世界だ。
個人主義でありフランスと言う国に高すぎる誇りがある為、個性を履き違えてマウントを取る人間もおり、稚拙なアクセントをバカにし一方的にフランス語のみで話す彼らより、優しく手を差し伸べてくれる日本人の方が好きだった。その為クリスマスは日本式を踏襲している。それは乙葉がいてくれたからだが、それはまたの機会に。
ようやくお出ましの小畠だが、意外にも彼は学生時代からリア充組である。
彼は何でも屋なので、頼まれたら相手に悪い気がして断れない。それに漬け込んで一人で過ごすくらいなら…の選択肢で安牌の彼が選ばれる。食事だけで終わることもあるし、朝まで過ごす事もある。とは言え相手にプレゼント等は用意した事が無いし、受け取る事もしない。
今年も色んなお付き合いからお誘いが来そうだがそんな彼も課長職、やる事は山の様に聳え立つ。特に当日は販路を巡回しないとならなく、搬出入や人員の配置、売場責任者との打ち合わせなど忙しない。いつものように終電で帰り泥の様に眠れれば良いが、どうせ帰れなくなりネットカフェにお泊まりだろう。当日はホテル難民が溢れかえっているのは火を見るより明らかだが。社内で浮ついた話もないし今年は暫定ボッチ組だ。
名前は上れど未だに不明点が多い莉加は、結果から言うとリア充組だ。色々な人達との交流に忙しいので大変そうではある。だが、どこの誰とどんな関係で何の話をしているかまでは誰も与り知らない。
莉加が自らが話す事も無く、聞いてもそれと無く解答を濁す。知りたい様な、知りたく無い様な心持ちの小畠は火曜会で切り出そうとするも美希のガードと自らの小心者で問いただせていない。
今年のクリスマスはどうなる事やら。




