#36 : 罰を与えしもの
あのお店とは朝までやってるダーツバーだ。朝までと言いつつ、ご近所の同業者が良く利用するので朝で終わった試しはない様だが。
店の選択は二つしか無かったのだが、なぜもう一つを選ばなかったのか。
もう一つの店はインド系の飲食店で、たらふく飲んだ後にスパイシーなのがツラかったのと、またも江口に飲まされそうだったから外した。
残るはこのダーツバーだ。江口とは三度、沙埜ちゃんと二度目の乾杯をし、なお君を待つ。
「お待たせして申し訳ございません」
スラっとした黒いコート姿が印象的ななお君のお出ましだ。
彼はビールを頼み、改めてグラスを合わせ本題の四人飲みに入る。と、思われたのが、男性一名と女性一名のペアが出来るので、いざ尋常に勝負、と相成った。
酔ってるとは言え伊達に歳を重ねちゃいない。君達よりかは多くダーツを投げている。負ける気がしないとはこう言う事を言うのだろう。不思議と無敵モードに入る。
…無敵なのは俺だけで、ペアの沙埜ちゃんは酔いが回り始め、明後日の方向にダーツが刺さっている。コレもハンデ。
点数を減らすゲームは辛くも勝ったが、陣取りゲームは大敗を喫した。なお君いつのまに上手くなったんだ?
「負けちゃいましたー!」
「まだ3レグ目があるから!大丈夫!」
「ゲームはどうされますか?」
「どっちが良い?」
少しフラつき始めた沙埜ちゃんに確認する。
「んー、クリケ!リベンジ!」
うむ。天晴れ。江戸の仇を長崎で、とは言わずにこの場でしっかり仇を討とう言う心意気、大義である!
『テューン!』
俺の大義は届かず、しれっと江口がブルをクローズする。容赦無いな。つーかダーツ上手くね?
「負けちゃいました〜」
泣き顔で沙埜ちゃんがこちらに戻ってくる。よしよしと心の中で頭を撫でる。
ダーツで負けたとなるとこちらも選択肢は二つだ。メキシコが誇るスピリッツ『テキーラ』と、ドイツ老舗の『狩人の守護聖人』。俺はどちらも飲めるが…
「私アレ飲めない〜!」
テキーラの一択となった。ショットグラスに並々入ったテキーラを一口で飲み干す。少し落ち着いてきた酔いが一気に回りそうになる。
どちらも日本では罰ゲーム的に飲まれているが、ちゃんと味わい、敬意を払って飲むべき酒なので良い子はマネをしないように。
俺は堪らず椅子に腰をかける。ビールがチェイサーなのは更に酔いそうだが致し方ない。無敵モードでも負けは負けだ。
ぽわーと心地よい浮遊感がある。マズい。酔ってきてる。このまま座っていたら落ちそうだ。
トロンとしそうな目でそんな事を考えていたらー
沙埜ちゃんが俺と向き合う格好で、俺の上にストンと跨り抱きついてきた。
「もう飲めない〜!抱っこ〜!」
「さ、沙埜ちゃん!?」
一気に酔いが覚めていく。まるでジェットコースターだ。
彼女からふわりとマリンノートが香る。向日葵に海、夏のイメージにピッタリだ…っていかん!
「だ、大丈夫?ちょっと座ろうか?」
「むー。もう座ってるのぉ」
沙埜ちゃんは小さい。背が、だ。ミニの人しか加入出来ないユニットがあったが、身長では参加資格を満たしている。
いつも少し大きめのサイズを着ていたからわからなかったが、その、押しつぶされているのだ。沙埜ちゃんのが。
エレベーターで背中に感じた江口とは違う感触。江口よりかは小ぶりだが麻生よりかは大きい。ちょうど間くらいだろうか。
押し潰されているのは沙埜ちゃんのだけでは無い。俺の上に跨るように座っている、という事は俺の”大切な家族”の上にも乗っているという事だ。沙埜ちゃんは秋口なのに元気なショートパンツ。勿論、生足だ。
白くてすべすべした御御足は、確かな弾力と吸い付くような柔らかさを兼ね備えている。
俺の特技の一つだが、どんなに酒を飲んでも”する事はする”と言う特技がある。酔っていても愚息は我関せずでがむしゃらに頑張ってくれる。
親としては頼もしい限りだが、この状況で目覚められると非常に厄介だ。
そ、その、沙埜ちゃんに、当たってしまう…。
「…その辺にしておきなさい」
「ああんっ…」
江口が後ろから沙埜ちゃんを抱き抱える。
た、助かった…。引き剥がされると、沙埜ちゃんの熱が奪われていきちょっぴり切なく感じた。
江口に引き剥がされ、壁際に椅子を並べて横になる沙埜ちゃん。上半身には江口のストール、御御足には俺のジャケットをかぶせる。風邪ひいてもアホらしいからな。
この調子だと三人のうち誰かが送らねければならないが、江口が適任だと思われるので後は任せた。
時計は五時前、俺もそろそろ限界だ。
コレで江口の詮索に対して罪滅ぼしは出来ただろうか。
この三人がいつまでも仲良くいれるように祈っておく。