#35 : 心配事はよく当たる。
沙埜ちゃんが来るのは早くて十二時半、なお君は店内の様子を見て二時か三時に閉めるとの事だ。いつもは五時閉店だから早上がりになるが、祭日前は週末と違って残る者も夜更けに来店する者も少ないのだろう。
今はまだ二十一時だと言うのに、俺は酔いを感じていた。
江口は酒が強い。ペースも早い。飲ませるのも上手い。一時間でビール三杯と日本酒二合も空けてしまった。いくら俺でもこのペースはキツい。朝までどころか沙埜ちゃんが来る前に酔い潰されそうだ。堪らず彼女に差し返す。
「ホント、酒強いね。俺も大分飲んで来たけどここまで飲めるのは才能だよ、最早」
誉めているのか良くわからないが、意図は伝わっただろうか。
「お酒が好きなの。だから」
「なお君と沙埜ちゃんとで働いていた?」
前回聞いたクラブの話しを振る。
「そう。楽しかった。それも束の間、オーナーが勇退されて別の方に代わったの」
俺が注いだ日本酒をクイと煽る。…扇状的だ。っといかん。きをたしかに二回目。
「私は彼のやり方に合わなくて。違う世界を見たくて退店した」
「その後で大井さんの所だ?」
空になったお猪口に注ぎながら訊ねる。
「大井さんはお店のお客様だったの。大変良くしていただいて、私の気持ちを汲んでお仕事を紹介して下さった」
なんと。大井さんはお店の常連さんだったのか。俺に無理矢理合わせて堅苦しい事を言わせてしまっているが、中々ハッピーライフを送っている様で安心した。
すかさず江口に返杯を差される。
「色々経験させていただいて感謝してるの。小畠さんとも出会えたし」
よせやい。俺は面接しただけだ。特に依怙贔屓なんかしていない。見た目では判断しないのは徹底しているが。美人だろうと可愛いかろうが人間性と仕事ぶりで判断する。
彼女も回ってきたのか、少しペースが落ちているようだ。今のうちに休憩しておこう。おじさんはただでさえ年齢と言うハンデがあるからな。
「奈央、おかわりをお願い」
…少しも弱って無え。顔色一つ変えずに飲む彼女に恐れにも似た感情を抱く。
そんな時、救世主が現れた。
「お疲れでぇーす!瑠海姉ェ久しぶりー!」
「お疲れ、沙埜。会いたかったわ」
沙埜ちゃんが来た。時計は十二時前。大分早上がりしてくれたんだな。まぁ、江口会いたさだろうが。どーせ俺なんか誰にも好かれないよーだ。
「かんぱぁーい!」
沙埜ちゃんのメキシコビールとお猪口を合わせる。テーブルの上が多国籍になってきた。
江口の隣に座る沙埜ちゃん。二人並べるとこれまた対極的だな。
前にも思ったが江口は薔薇、沙埜ちゃんは…向日葵。底抜けの明るさとぱぁっと花が咲くイメージにピッタリだ。ショートヘアに明るめのブリーチもそう連想させるのだろう。
沙埜ちゃんは江口の前だと甘えん坊に見える。尊敬と憧れが混ざっているのだろう。抱き合ったり、ベタついてるのも百合百合しくて…いかん。き、休憩ぷりーず。
「お腹空いたー!ナオー!今日の賄いなぁにー?」
裏メニュー?と思われる賄いご飯を確認する沙埜ちゃん。妹を見るような眼差しで江口が後ろ姿に目をやる。
その“優しい表情”に一瞬、心臓が高鳴りする。一気に酒が回る気がして、虎を狩りに個室を出る。
危なかった。酒が入っているとは言え俺は江口を意識していた。決して起こしてはいけない私的な感情だ。出すモン出したらいくらか回復するだろう。ヤバいな。
個室に戻ると冷たいおしぼりを江口に手渡された。
「無理強いしてないかしら?」
「だ、大丈夫だよ。ありがとう」
本当は結構無理してます。おじさんやられそうです。色んな意味で。
ここで気を抜くと大惨事になる。援護者が来るまでは踏ん張らねば。
沙埜ちゃんが裏メニューを食べ終え、まったりとした時間がやってきた。江口も少しペースを落としている。その分、沙埜ちゃんがペースを上げる。若いなぁ。良いことだなぁ。
「失礼致します。もうノーゲスですので、今夜はコレで締めようかと」
時計は二時前だった。
「なお君が大丈夫ならそれで。そしたらあのお店集合で大丈夫?」
「かしこまりました。早急にお伺いします」
こっち側もお会計してもらい店を出る。
「ぱいせん待ってるねー!」
沙埜ちゃんは少し酔っているようだ。