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#34 : カンチガイは突然に

『ビーッ』


 重量オーバーのブザーが鳴る。満員電車並みの人が乗り込んでいる。階を見るとまだ8階だ。半分も降りていない。2階までこれが続くと思うと、パネルの前に立っている俺が全部の階を押したので無いかと疑われている気持ちになる。俺って意外と小心者なのだな、と思っていると――


 背中に、江口を感じた。 重力に負けないツンと上向いた弾力のある彼女を。


 この状況では何も言えない、身動きも取れない。エレベーターはご丁寧に1階に降りるまで各階停車した。時間にすればなんて事の無い間だが、やけに長く感じた。相対性理論に反論したくなる。いや、長く感じたのは俺が苦痛だと思ったからか?

 世の男性諸君ならこんなに喜ばしい事は無いだろう。誰もが振り向く美人で、スタイル抜群、美しい釣鐘型が背中に密着している。感謝こそすれ、苦痛に感じる事ではない。


 彼女が同じ社内にいる、それだけで俺は無意識に距離を測ろうとする。噂が立てば俺の方が分が悪い。責任追及され干される事は間違い無いだろう。それを恐れてアルバイト時代からずっと守ってきた。社内恋愛だけはしないと。


 エレベーターは後から乗った者が先に降りて行くと言う不条理なルールに縛られている。最初に乗った者は大抵、一番最後に降りる。

 彼女が背中から離れる。安堵をしつつも少し名残惜しくも思う。いかんいかん。きをたしかに。


「……降りないのですか?」

 俺と彼女しかいないエレベーターで俺は意識が飛んでいた。なんて破壊力のある名峰なのだろうか。

「あ、ああ。ありがとう」

 何にありがとうなのかは言えないが、早く降りないと上層階からクレームが来そうだ。

 変な気を起こす前にタクシーを捕まえないと。


 タクシーに乗り込み店長(なおくん)の店まで向かう。

 道が混んでいるので歩いて行っても然程変わらないのだが、四ツ谷の様に会話が弾む気がしないのでタクシーを選んだ。勿論、今回も自腹だ。遊びに行くのに経費は使えない。


 車内は江口の香りで満たされ、先程の事を思い出す。

 彼女は距離が近いコミュニケーションを取る。そう言う態度を取る人間がいることも認識しているし、そう言う事にも俺は慣れている。

 大抵は悪意が無く無意識で行っている。意識してやるタイプもいるが何かしらの見返りがあるからで、俺が彼女に出来る事など飲み代を出す位で高が知れている。

 ()()ごときで彼女が女を使うとは到底思えない。なので無意識に距離が近くなるタイプだろう。経験が少ない和田とか真っ先に勘違してしまうな。純粋な四ツ谷も。


 車内は静けさが佇んでいた。もうすぐ目的地が見える。祝日前だからか人が多い。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 気まずく思ってた車内から抜け出した後、店長の言葉にやっと息が吸えた気持ちになる。

「すっかり常連ヅラしちゃってなんかごめんね」

「とんでもない事です。ご贔屓(ひいき)にありがとうございます」

 丁寧に頭を下げられると謙遜(けんそん)したつもりが嫌味になってしまったのでは無いかとバツが悪くなる。


沙埜(さや)日南(ひなみ)もお客様がいらっしゃらなければ早めに切り上げるとの事でした」

「なお君、俺の前では固い事は無しにしようよ」

「…ありがとうございます。失礼のない様に致します」

 先程の無礼を俺なりの謝罪で返すと、四ツ谷と江口と飲んだ個室に案内される。


「奈央は相変わらずね。小畠さんの言う通り肩の力を抜いたら?」

 お姉さんの口調で江口が揶揄う。前回はなお君が心配してた事は伏せておこう。


 沙埜ちゃんが来るまでサシ飲みか。前回みたくペースを乱されない様に気をつけなければ。

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