#4 : 疑われたオンナ
「お世話になっております。小畠です」
「いつも大変お世話になっております。大井でございます」
俺が慇懃無礼な為、相手も付き合わざるを得ない。迷惑な話しだ。大井さんはもっとフランクに話したいのだろうが、心を開く事が出来ない俺のせいで堅苦しいやり取りとなる。
「先日はお忙しいなかのご来社ありがとうございました。早速ですが、麻生さんの件です。是非ご一緒に事業を盛り上げて頂きたくご連絡させていただきました」
「こちらこそお時間を頂きありがとうございました。左様でございますか!ありがとうございます!」
おっ、多分通常モードだな。
そうだよ。このフットワークの軽さ、相手の懐に飛び込んで行くスタイル、それが彼の持ち味なのだから、こんなオッさんに付き合わされたら調子が狂ってしまうだろうな。
「ただ、頂いた資料で確認出来ず、面接においても失念していた事がございまして」
「な、何かございましたでしょうか…?」
脅かすワケじゃあないのだが、懸念点は解決し無ければ一緒に仕事は出来ない。
「麻生さんが家庭の為にもステージを上げたい、と仰られていたのですが、肝心のご家庭についてお伺いするのを失念しておりまして」
「ああ、その件ですか。家庭にはなんら問題有りませんので、お渡しした資料通り、フルタイムの残業可能、休みは御社のカレンダーに準ずるで大丈夫です」
「かしこまりました。ご丁寧にありがとうございます。配属につきましては、入社前の面談にて決めさせて頂く、で大丈夫でしょうか」
「本人、私共に問題ございません。何卒、宜しくお願い申し上げます!」
電話の向こうで深く頭を下げる大井さんが目に浮かぶ。コレも外国人にはわからない所作の一つだよな。目の前に話してる相手がいないのに。俺もやるけどさ。
大井さんへの連絡後、二課の課長兼、次長の田口に資料と面談内容を伝え、採用後に面談にて配属を決める事を伝えた。
今は直属の上司だが正直、俺はコイツの事が大嫌いだ。
仕事が出来ないくせにいちいち重箱の隅をつつき、埃を立たせ、煙を上げる。地頭も良い訳では無いし、効率も重視しない。
パソコンは独自の美学で彩られ、共通資料を作る際も幾度となく修正を強いられ、一時間に軽く30分はタバコを吸いに行く。これで良く仕事回るよな。
…この時はそう思っていたが、後になって気付かされる事も多々あり、多様性との親和を実行してこなかった自分を恨めしく思ったもんだ。
兎も角、入社準備を整えなくては。
俺は手続きの為にグループ本社に戻る。時計を見ると17時を過ぎていた。未だ昼メシを食べていなかったな。戻る前に立ち食い蕎麦屋でも行くか。どうせ今日も終電なのだから、毎日の楽しみまで頑張ろう。
あの頃、終電で駅まで運ばれ、駅から自宅までの道のりを、人に迷惑かけないように缶ビールを飲んで帰る事が毎日の楽しみだった。
家に着くと500mlの缶ビール2本がちょうど空になる。そのまま風呂に入ってすぐ寝れるわけだ。
週末となると職場の近くで朝までか、地元で朝までかの二択だった。
職場で硬い分、ストレスは酒に逃避していた。
だが、決して酔わないし、醜態は晒さない。どんなに飲んでも理性だけは強く持つ。
自分で言うのもなんだが、モテ無いわけじゃ無い。
しかし、どんな繋がりがあるかわからないから、素性を知るまでは手を出さない。慎重と言えば慎重だが、臆病と言えば臆病だ。酒の失敗でやっと掴んだ今の地位を奪われたく無い。
なんだかんだ言って若かったし、体力も気力もあった。自分でも来年四十になるとは思っても無いし、考えてもいなかった。
そんな呑気な考えとは裏腹に、老いは確実に俺を弱らせていた事も気づかずに。




