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#29 : クィーン・オブ・ハート

「お帰り。混んでた?」

 席に戻るのが遅かったのか、大井が瑠海(るみ)に声をかけた。


「個室に小畠さんが見えてるわ。お連れの方もいらしてるようね」

「えっ!?()()と一緒って言ったの!?」

「いえ。()()はテーブル席にいるとだけ」

 大井の血の気が引いている。やましい事は何も無いが、お堅そうな小畠に見られたら面倒だと本能で察知したのだろうか。


「瑠海ちゃん、ごめんだけど今日は…」

「貴方はまずいわね。貴女はどうするの?」

「そうですね…、お(いとま)させて頂きます」

 声をかけた直後に帰るのは(いささ)か気が引ける。

 所属は違えど派遣先の上席、自分の面接を担当して下さった方だし、と瑠海は目を(つむ)る。


「私はご挨拶してからにするわ。お休みなさい」

 大井が慌てて会計し、一万円札をテーブルに置く。

「ごめんね代!領収証もお釣りもいらないから!お先に!」

 風の様に去って行く大井と連れに目配せし、瑠海は何を飲もうか思案していた。




 ---二杯目はサクサク飲んでるな。そんなに煽って大丈夫か?お水貰っておくか。

「大丈夫?無理して飲んでない?」

「ありがとうございます!大丈夫です!」

 ちゃんと返事出来ているし、顔にも出てないから大丈夫か?もしかしたら酒強かったりして。


「小畠さんは次もビールですか?違うのにしますか?」

 三杯目突入宣言だ。大丈夫かな?俺はまだ序の口だ。

「じゃあ日本酒を冷で貰おうかな。四ツ谷さんは?」

「デザート代わりにミルクにしたのですけれど、後ろ髪を引かれてしまって…。最初に飲んだのにします!」

 お。トニック・ウォーターは好き嫌いが分かれるけど気に入った様だな。ペース遅かったのは遠慮してたのか?ビール代だけで万券飛ばす(一万円を超える)女子がいる事に安心したのか。


 時計に目をやると八時半に近い。コレ飲んだら帰るか。まだ火曜日だしな。


「失礼致します。お待たせ致しました」

 店長(なおくん)がティフィン・トニックと冷やの徳利を持ってきた。お猪口は一つ。どちらもスカイブルーの透明感あるガラス細工で見た目にも涼しげで美しい。

 徳利の尻を上げてお猪口に溢れんばかりに注ぐ。手酌だ。四ツ谷に酌をさせる訳にいかない。酒宴で権威を振うのは悪しき事だ。


 キュッ。とまずは一口で飲み干す。フルーティな香りが鼻腔を抜け、化学合成されていない穀物の自然な甘さの後、爽やかな酸味が口内を濯ぎ、淡麗辛口が喉を通る。美味い。

 出張族の頃に東北で出会った酒だが流通経路が少ない為、都内でも常備している店は少ない。

 ああ、ここを知ったのもこの日本酒のおかげか。


 花の金曜にメシも食わずに残業して、終電を逃した後にメシと酒を求めて隣の駅まで探し回り、やっと見つけた和風の居酒屋で飲んだ事がキッカケだったな。

 初めてなのに歳の離れた店長と意気投合しちゃって、店が終わったら飲みに行く事になって。

 そこの店長の待ち合わせ先が()()で、先に一人で日本酒(コイツ)を飲んでたな。


 長い回想から引き戻すような視線を感じると、四ツ谷が一連の動きをジッと見ていた。


「な、何かオッさんクサくてごめんね」

「いえ!時代劇でしか見た事無かったのでつい、見入ってしまいました」

 流石箱入り娘(お嬢様)。ご家庭で日本酒出てもワイングラスでしょうね。きっと。

「父は海外勤務(アメリカ)ですが、帰国した際は大体ワインですね。母もいつもワインです。私も嗜む程度ですが」

 ワインもイケる口か。やっぱ育ちが良いと口にする物も良いもんだろうな。

 試しに好きなワインを聞いたら、カルフォルニアの高級ワインが出てきた。一本(フル)が六万超えるワインだぞ…。


 どーせ貧乏ですよーと心の中でやさぐれていると、引き戸をノックする音が。

「失礼します。連れが先に帰ったのでご挨拶をと」

 江口がフラれたらしく、こっちに来た。四ツ谷が目をパチクリさせている。

「ああ、四ツ谷さん、二課の江口さん。江口さん、ウチの新卒の四ツ谷さん。一課の」

「はじめまして。江口です」

「は、はじめまして、四ツ谷と申します…」

 江口は会釈した後、烏羽色の髪を右手の中指と薬指で耳にかけ、不敵な笑みで四ツ谷を見る。なんとも官能美あふれる仕草だ。


「日本酒ですか。お強いのですね」

「あぁ、良かったら、どう?」

「ご相伴させていただきます」

 スッと江口が俺の隣に座り、空いたお猪口に酌をする。

「どうぞ」

「いや、気を使わなくていいから。ありがとう」


 真紅の薔薇が咲き油断していた俺は彼女が『ユディト』では無いかと錯覚したが、今はこの場をちゃんと対処しなければ。ペース早い。




 ---莉加と言う脅威を退ける為に参加した研修だが、敵は一人では無いと言う現実を突きつけられて、美希は呆然とした。

 瑠海は同性の美希から見ても妖艶で、武力行使(女の武器)を厭わない強さを感じた。莉加の儚さとは対極的だ。


「ああ、奈央(なお)。日本酒もう一合とお猪口をお願い」

「る、瑠海ちゃん!?」

 先程までテーブル席に居たのに、個室で小畠相手に酌をしている友人に驚く店長。


(私、酔って無いよね…?)

 美希の知らない世界はまだまだ始まったばかり。

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