#27 : 饒舌・ないんてぃーん
俺は早くもビールをニ杯片付けてしまったが、四ツ谷はまだ一杯目をちびりちびりと飲んでいる。苦手だったかな?
「紅茶のお酒、口に合わなかった?」
「いえ、とても美味しいです!」
「なら良かった。無理はしないでね」
「はい!」
会話の途切れた所にボタンで呼んだ店長が注文を取りに来る。絶妙なタイミングだね。素晴らしい。
「小畠さんはお酒強いんですね?」
「うんにゃあ、昔は全然飲めなかったよ。四ツ谷さんが飲んでるのとか、カシス・ソーダとか、カルーア・ミルクとか。甘いのしか飲めなかった」
「甘いのお好きだったんですね!いつもコーヒーだから苦手なのかと思ってました」
三杯目が届く。そろそろ腹も落ち着きそうなので味わって飲みますか。
「いつからかな?なんか飲めるようになってた」
三杯目を味わいながら回想する。味わうと言っても、一切の雑味を省いた辛口ドライビールだが。銀色に光るラベルは唯一無二の存在だ。俺の生命線だ。
ああ、あの頃かな…。
「若い頃にお付き合いしてた女性が歳上でね。彼女の影響かな」
「女性でビール飲めるのってカッコイイです!」
「カッコイイ、ねぇ…」
ビールは原価を下げる事が出来ない。樽や瓶に詰められ決まった額で取引をする。薄める事も継ぎ足す事も出来ない。だからどこに行っても高い。バー、居酒屋、ラウンジ、お姉さんがいるお店でも。
安い居酒屋のビール代だけで万券飛ばすような女性は、果たしてカッコイイやら勇ましいやら。
「私は苦いのがダメで、大人の飲み物ってイメージから抜け出せないです」
「子供の頃にお子様用のビールってあったよね?」
「え?あったんですか?」
…しまった。ジェネレーション・ギャップだ。四ツ谷の世代には無かったのか?
「駄菓子屋とかって近所に無かったの?」
「お菓子は母の手作りか、お土産で頂くものばかりでしたので、買って食べた事って無いカモ、です」
ちびりとティフィン・トニックを飲む。
忘れてた。箱入り娘だったんだ。手作りに頂き物、完全な貴族階級じゃないか。
「四ツ谷さんの明るい中にも上品な所は、産まれと育ちにあったんだね」
心から感心して口をついた言葉。
「一人娘で父も母も教育に関して厳しかったので、反抗期が長くって。親孝行してないなって思ったりもしてるんです…」
なんかまた知らずに責めてしまったかな?
この容姿の一人娘、蝶よ花よと育てられたんだろうな。
「今年の新卒の中でもピカイチだと思うけどな。仕事にもちゃんと反映されているよ」
「ほ、本当ですかっ!?ありがとうございます!」
お、機嫌治ったかな。よしよし。君はそうじゃなくちゃ。
「月一の新サポ会議でも良く名前が上がるしね」
「ど、どんな事でしょうかっ?」
「明るく前向きに物事を捉え、任務遂行が出来る。販売応援時にお客様に寄り添って製品のご案内が出来ている。製品トレーナーも賞賛してたよ。今日だって俺の時間に合わせて仕事を終える事が出来た。時間配分がしっかり出来ている証拠だよ」
「面と向かって言われると、は、恥ずかしいです…」
お?酒のせいか赤くなってるな。善きかな善きかな。
嘘では無いのだからそのまま正直に受け止めればもっと良いのに。
「ちょっと失礼するよ」
季節外れのガーベラが咲いた所で失礼さんで。何って、虎を狩りに行くんでい。無粋だねぇ。
足元に揃えられたサンダルを履き、目的地へと向かう。
ここの手洗いは男女兼用なのが玉に瑕だが、その代わり常に従業員がチェックしており、清潔でアメニティーも豊富に置いてあり、口コミでも料理、雰囲気に次いで評価が高い。
生憎と先客がいるので、順番を待っている事をアピールしつつ少し離れて待つ。
『カチャリ…』
おっ、空いたかな?早く処理しろとクレーマーが急きたてる。これ、急くな急くな。
「あら、小畠さん。今晩は。意外な所でお会いしましたね」
「あ、あぁ、こんばんは」
濡烏を指で耳にかけながら、ドアから出てきたのはまさかの江口だった…。
これまたおマヌケな返事をしてしまった。
び、びっくりして膀胱からのクレームが引っ込んでしまった…。
濡烏 = ぬれがらす。女性の髪色を表す。ツヤのある黒髪。