#3 : 狐も狸も猫も化ける。
彼女は俺の中では合格だ。変な垢がついてない分、育てやすいし、先入観も無いから実直にこなしてくれるだろう。
そう確信し、お決まりの面接は終了、大井さんと雑談になる。
「先日ご紹介頂いた江口さんもキャリア共に申し分無い人材ですが、今回もこれまた凄い人材をお持ちですね…」
「その節はお世話になりました。江口からも楽しくて遣り甲斐があり、学ぶ事も多く更に上を目指していきたいとありました。小畠さんのおかげです」
…実際、モデル並みの美人を面接したのは俺だ。だがしかし、社内で別部署に持って行かれた。彼女自身も望んでいた事だし、仕方が無い。部下からは文句を言われたが。
俺だって好き好んで美人を手放したワケじゃないんだよ。
「江口さんの希望通りの部署に配属されたからでしょう。私は門を開けただけですよ」
「その門を開ける門番との面接が一番苦労するんですから」
笑顔で彼に言われると、内心褒められているのか分からなくなる。
「では合否については改めて私から大井さんにご連絡致します。ここまでで何かご不明な点やご心配な点はございますか?」
彼女の瞳に吸い込まれないよう、サイドブレーキは引いたまま問いかける。
「はい。大井からも伺っておりますので、今の所は大丈夫です。ありがとうございます」
真っ直ぐな視線でハキハキと答える。いかん。息苦しくなりそうだ。この俺が緊張しているだと?
「ありがとうございます。もし何か有れば大井さんを通してご連絡頂ければ幸いです。ではエレベーターまでご案内致します」
左手に持った手帳に汗が滲みてヘロヘロになっている事に驚愕したが、努めて平静を取り繕って2人をエレベーターまで案内する。
扉が締まるまで頭を下げ続ける。外国人からしたら不思議な習慣だ。鉄の箱に頭を下げているのだから。
頭を上げた瞬間、家庭についての確認を失念していた事に気づいた。
本人から話しづらい場合も有るが、そう言った場合は事前に条件有りで応募が来る。
子供が小さいから土日祝日休み希望、残業不可、17:00以降の勤務不可、出張不可などなど。親の介護等もあるが、家族構成を聞くことも失念していた。
全くもってどうかしている。俺が無意識に私情を抱いたせいで、俺が2人に面接されちまった。
俺への評価は?不合格だ。余計な私情は仕事に支障をきたす。
あの瞳がそうさせたのか?真っ直ぐでいて穢れを知らず、人の強欲までをもその純真さで吸い込んでしまいそうな瞳。
魔眼…とでも言うのだろうか。まさか。ここはラノベの世界じゃない。地に足をつけた現実なんだ。神様は生まれ変わりをさせてくれないし、特殊なスマートフォンなんか無い。あるのは時間的拘束を受けずに好き勝手に鳴る業務携帯だけだ。
そう、あの刹那に奪われた俺の心は、あの瞬間に貼り付けられたまま、取り戻す事は出来なかったのだから。
全てはそこから始まっていたのだ。




