#26 : コアラは絶滅危惧種
「お待たせ。終わったかな?」
「お疲れ様です!ちょうど終わりました!」
素晴らしいじゃないか!社会人一年目でちゃんとこなしている。俺の時とは大違いだ。ま、俺と比べる時点で間違っているが。
「よし。じゃあ行こうか」
「はい!宜しくお願いします!」
その意気込みや良し。なんだ、四ツ谷はおじさんキラーか?俺はお爺ちゃん枠だろうが。根に持つなぁ。
「ここからちょっと離れてるんだけど…、駅は問題無いかな?」
「どちらからでも帰れるので大丈夫、です!」
私物携帯で開いた地図アプリの画面を見せる。上司と部下と言う立場、誤解はされたく無いので先に確認しておく。って近い近い!地図を覗き込んだ四ツ谷に触れてしまいそうになる。正確には四ツ谷の水蜜桃に。
時計に目をやると十八時を過ぎていた。店に着くのは半くらいだな。道が混んでるからタクシーでも歩いて行っても時間は変わらない。
歩きながら四ツ谷の好みを確認する。
「苦手なモノとか、アレルギーとか大丈夫?」
「コ…大丈夫です!何でも食べられます!」
コ?コアラ?コアラは食べないだろう…。いや、先住民は食べていた?現代じゃ禁忌だろう。
「ヤボな事聞くけどお酒は飲めるの?」
「甘いのなら大丈夫です!」
くーっ。可愛いなぁ。フレッシュだよ。フレッシュ。
いつからか甘い酒が飲めなくなり、ビール派になってしまったが、歳を取るとはこう言う事なのか。
「じゃあ好きなのは何かな?」
「おっ、お紅茶です…。」
なんだ。紅茶が好きだったのか。今日の研修では意地悪しちゃったな。
「だから今日もアイスティーにしてたんだね。いじめるつもりは無かったんだけど、何かごめんね」
「いえっ!仕事の一環として勉強になりました!ありがとうございます!」
純粋だねぇ。前向きな発言もまた良いねぇ。
そんなこんなで店に着いた。ドアを手前に引き、四ツ谷を先に通し、後から着いていく。
「こんばんはー…、小畠さん。お待ちしておりました。」
「こんばんは。急に頼んじゃって申し訳ないね」
「いえいえ、いつもご贔屓にありがとうございます」
個室へと案内をされながら、店長と話をする。
「こちらへどうぞ。お履物はこちらへ」
いつも一人だから、個室は初めてだ。四人がけの掘り炬燵。中はこうなっていたんだな。
「お飲み物をお伺いします」
「俺はいつもの。と、ごめん。初めてだもんね」
四ツ谷にドリンクメニューを渡す。そうだ…。
「ティフィンって置いてたっけ?」
「用意ございます」
「紅茶のお酒、試してみる?」
「は、はい!それでお願いいたします!」
「飲み方はいかがなされますか?」
「えーっと…」
「ロック、ソーダ、オレンジ、ミルク。お食事前でしたらトニックもお勧めです」
「じゃあそれをお願いします!」
「承りました。少々お待ち下さい」
スー…と音を立てずに引き戸を閉める。彼もまだ若いのに実に良い仕事をする。この店もオーナー兼任で切り盛りしている。
「お待たせ致しました。生ビールとティフィン・トニックです」
飲み物が来るまでに決めておいたオーダーを頼む。
「じゃあ、お疲れさま!」
「お疲れサマです!」
四ツ谷とグラスを合わせ、生ビールを一気に流し込む。これだ。これだよ。ビールは喉越し。
ゴクゴクと喉を鳴らして飲む俺を、不思議そうに四ツ谷が見つめる。あらイヤだ、恥ずかしい。
---来てしまった。美希は自分の取った行動がいまいち認識出来ていない。まるで酔っているかのように。まだ飲んでいないのにも拘わらず、なのは小畠と過ごした時間が長く、彼に酔ってしまったからなのだろうか。
(苦手なもの、コーヒーって言ったら、好きなものを否定する様で言えなかったな…)
美希なりに考えてはいたようだ。彼は盛大に勘違いをしているが。
(危うく小畠さんの名前を出す所だった!)
彼の話し方は、何か誘導するかのように感じられた。それは美希が想いを寄せているからなのか。
夜は始まったばかり。大人への階段は駆け上がらなくても良い、そう心に決めてグラスを合わせた。
ティフィン = 紅茶のリキュール。商品名。