#25 : 勢い任せ
「お疲れ様でしたー!」
にこやかに手を振る四ツ谷。遠慮がちに頭を下げて駅に向かう麻生。
なんとか格好をつけたが仲良くなれたみたいだし、結果オーライってやつか?
「じゃあ四ツ谷さんもお疲れ。気をつけてね」
箱入り娘にそう告げた。
「あ、あの!小畠さん!」
「ふぉい?」
急に呼ばれてびっくりした。どうしたどうした?
「麻生さんとは先に研修されていたんですよね?」
「基本的な事を、ね」
「私も別にお話し伺っても宜しいでしょうか?」
「あぁ、大丈夫だよ」
四ツ谷も勤勉なんだな。商戦期前だから幾分余裕も有るし対応に問題無いだろう。
「ありがとうございます!じゃあこの後、お時間頂けますでしょうか?」
「ふぉい?…この後?」
マヌケな返事をしてしまった。この後って一旦帰社して片付けないと…。
「わたっ私も戻りますので、その後に…」
え?メシ連れてけって事?パワーランチの申請出してないぞ。それとも会食で処理するか?でも部下だからな。うん、自腹だ。四ツ谷と飲んだが事ないし、気にしながら飲むのもなんだしな。
「OK。良いよ。ただ、ちょっと仕事してからだから30分ほど待たせちゃうかもだけど」
「私も日報書かないとなので!大丈夫です!」
会社に戻る道すがら四ツ谷に返答する。
店は、と…。行きつけの店のコ(普通の飲食店だ)に紹介してもらったあそこにするか。店長にメッセージを送っておこう。
『ティロン♪』
早いな。えーっと”本日は予約入っていないので個室抑えときます”っと。お互いヒマなのね。
「お店も抑えたから、ゆっくり日報書いて大丈夫だよ。ってあんまりゆっくりするとアレだけど」
「ありがとうございます!小畠さんに合わせますので!」
おっ、ちゃんとペース配分も出来るようになったか!おじさん四ツ谷の成長が嬉しいよ。お爺ちゃん扱いされたけど。
「じゃあ終わったら声かけるね。四ツ谷さんも終わったら俺の所に来てもらって良いかな?」
「はい!かしこまりました!」
麻生もそうだがこの子も幼顔だ。まぁ実年齢が若いのだから当たり前か。俺が連れて歩いても大丈夫なもんか?
一駅とまでは行かないが、会社から離れている隠れ家を知られたくなかったけど致し方ない。逆に知れ渡った方が店の為になるか。
---自分自身、驚きを隠せない。
今までの関係でも十分だったのに、気持ちが早まってしまい小畠と食事を共にしたいと告げてしまった。
まだ上手く自分の気持ちを扱えない美希は、弾む胸から鼓動が漏れ聞こえてしまわないか必死だった。
日報を書くと彼には言ったが、研修前に九割がた終わらせていた。最後にラウンドした店舗分だけなので五分もあれば事足りる。後は送るだけだ。
(意識してないってハッキリ言われちゃった)
彼の観察眼に賞賛と好意を乗せたつもりだったが、返事は意図していたものと違い真逆に解釈された。満たされない想いが彼を欲して自分でも良くわからないまま行動に出た。
美希が言うところの”大人”ならば強行せずに次の機会を待てただろう。
(自分でもなんて大胆な事を…)
まだ飲んでいないのに身体が熱くなり、顔が赤くなる。
おもむろにペットボトルの蓋を開け、ぬるくなった紅茶を流し込む。
(紅茶が好き、とは言えなかったな)
今日の研修を思い出してみる。彼と莉加はホットコーヒーだった。莉加は猫舌のようでアイスティーにすれば良かった、と言っていた。
向こうから人の気配がして、彼女は送信にカーソルを合わせクリックし、日報を送った。