#24 : シンデレラの階段
階段と聞いて、どちらを想像したのだろうか。
ガラスの靴を置いて駆け降りるのか、期待を胸に会場を目指し登るのか。
美希の心の中では後者を選択している。早く大人になりたいと。
---心中穏やかではない。動悸・息切れ・目眩を起こしそうだ。
趣が違う可愛さを持つ二人に見つめられ気が気でない。人の目もあって抑止に努めようとしているのは、社外実施の方が功を奏したのか定かではないが。
「…と、まぁこんな感じで、営業として磨いていきたいスキルやネタ等を取り上げて行こうかと思うのですが」
“めちゃかわ”の呟きで日本中に拡散された麻生に尋ねる。あ、拡散は俺の脳内だけか。
「ためになると思います。突然の質問に戸惑いましたが、客観的に物事を見る大変さを改めて実感しました」
「私も面白いと思います!同期がまだ知らない事を教えて頂けている、ちょっと先輩気分です!」
控えめにOKサインを出す麻生と打って変わって、明るく正直に本心を伝える四ツ谷。
「この研修は仕事に直結はしないが、的外れでも無い。社内で資料も無ければ誰も体言していない『気づき』について考え、自分に無い発想や知らなかった事を取り入れて行く、を念頭に進めて行きたいと思います」
「賛同いたします」
「知らない自分を知れる、何か大人って感じです!」
麻生も四ツ谷も俺の意向について来てくれるようだ。
「では早速、今回の『客観視』についてご自身の解釈で結構ですのでお聞かせ頂ければと」
答えられそうな麻生からまず話を振って、四ツ谷に気づきを与える。麻生には俺への回答と併せて、四ツ谷に少なからずとも影響を与えかねないので安直に答えられないし、難解過ぎてもダメだ。さぁ、どう出る?
「そうですね…、本来であれば自己の利害関係に捉われず、冷静に事象を判断する、でしょうか?」
「んー、私も学業で習っていたのは麻生さんと同義です。でもそれでアイスティーを選んだのは私の感情、利害が含まれていて客観ではない?…難しいですね」
「国語的に正解だとしても、仕事上では必ずしも正解では無い。が私の見解です」
二人の視線から逃れる様にすっかり冷めたコーヒーを飲む。うむ、酸味が出てしまっている。
「それって明確な答えは無いって事ですか?」
水蜜桃を見ない様に四ツ谷に目をやり、さもありがたい言葉の様に説明する。
「個々人の話し方、伝え方、声のトーン、表情、身振り手振りで変わり、それを受け取る側も十人十色だからね」
そう、飲み物を選んだ説明をしてもらう際に麻生と四ツ谷の目線を追い、そこまでに含まれる仕草も観察していたのだ。
麻生は俺と俺のコーヒーカップを、四ツ谷は俺の背中越しに見える日差しと、頭上の空調を見ていた。それらを自分の飲み物を決める判断材料としてカウンターに行き注文をする。
メニューには誘惑が一杯だ。決めてはいても心を揺さぶられる。それでも初志貫徹したのはこの会が行われたのが今日が初めてで、知らずの内に行動に制限をかけたからだろう。
お釣りを渡す時も麻生はレシートの上に小銭を乗せ、テーブルを滑らす様に返してた。遠慮がちに思えるが俺に対して『取引先』と言う心持ちも含まれているのだろう。
対して四ツ谷は同じ様にレシートの上に小銭を乗せたが、そのまま俺の手へと返した。少しお爺ちゃん扱いされた気もするが、四ツ谷の純粋さから出る優しさの延長なのだろう。
そんな事を二人に説明する。
「気づきませんでした。あまり意識をしていなかったもので…」
「えーっ!私も無意識でしたけど、いつも小畠さんにそう見られていると思うと、ちょっと…」
「あ、飽くまでも俺が意識して、だから。普段からそんなに意識してないから!」
このままだと変態さん扱いされてしまう。
なんだかんだであっという間に時間が経ち、体中で浴びていた日差しも消えて、肌寒く感じる。
秋の日は釣瓶落とし。帰りが遅くならない様に今日はこんな所でお開きとしよう。