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#218:明鏡止水のコンフェッション

「……ってなことがあってさ」

 テーブルに向かい合って座っている相手に、和田から聞いた話を伝える。

 (あや)の部屋に来るのは月の半分位、半同棲と言うヤツだ。


「はあ?あの地雷(麻生)が課長と?ありえないんだけど」

 見るからにイラついている恋人に苦笑しながら、空いたグラスにデザートワインを注ぐ。


Rhein(ライン)hessen(ヘッセン)は飽きた」

「もう他のワイン残って無いよ」

 職場でも趣味(サバゲ―)でも一人でミッションを淡々とこなし、全て一人称で完結できる彩も、恋人の前では強がりな甘えん坊に変身する。そんな恋人が可愛くて世話を焼いてしまう彼も、人前で見せている顔からは想像がつかない。


「でもさ、課長は固いカタイと言われ続けて来ただけあって、一度もそんなこと無かったよ?」

 少しほろ酔い気分の彩が、自分の髪を指でクルクルと絡めながら呟く。

「強いて言えばあの、二課のいけ好かないの、脈ありそうだったじゃん?」

「……江口さん、な」

「そそ。美人だからってお高くとまっちゃってさ」

 彩も瑠海に似て他人に対し排他的だが、本人は自覚していないようだ。


「一課と二課の合同の時もさ、あんな端の席に座ったのに、ちゃっかり課長の隣キープしてたし」

 ふと半分閉じかけていた目を見開く。

「そういやアンタも!」

 瑠海と楓の間に座っていた事を思い出し、嫉妬心をあからさまにぶつける。


「……江口さんに相談したいことがあってさ。話すキッカケが欲しかったんだけど、マコ(林原)が酔って邪魔しに来たんだ」

「アタシもあの空気に耐えられなかったから助かったっちゃ助かったけど。で、相談って何の?」

 ジト……っとした目で(なじ)るように迫る。


「江口さんは派遣さんだからさ、今後どうするのかなって」

「どうするって?」

「ウチでずっと続けるのか、その他の仕事があるのか」

「そりゃ派遣だもん、他の仕事はいくらでもあるでしょうよ」

「似たような答えが返ってきたよ」

 苦笑交じりに甘いワインを口に含む。アプリコットの香りが鼻腔を抜ける。


「アンタ、転職でもすんの?」

「そのつもりだったんだ」

「えっ……!?」

 ほろ酔いだった彩の顔が醒めていくのが手に取るようにわかる。あまりイジワルしても可哀想……もとい、後が怖くなってネタばらしをする。


「……彩とさ、付き合ってもう2年近くになるよね。それなのに、社内でもコソコソしたり、オープンに話が出来なかったり、俺にはストレスだったんだよ」

 グラスの内側にまとわりつくワインを見つめながら馨が続ける。

「そのせいで勝手に"ナルシスト"ってイメージ付けられるし」

「それは事実」

「……マコと並んでチャラいって」

「それも事実」

「……」

 何も言えなくなって手に持っていたグラスをコトリとテーブルに置く。


「……人の話はちゃんと最後まで聞かなきゃだよ?」

「突っ込まれるようなこと話す方が悪い」

 飽きたと言っていたワインを飲みながら悪態を吐く。

「まあ、社内で息苦しさもあってさ。トップセールスも獲ったことだし、ステップアップも兼ねて転職しようか迷ってたんだ」

「何でアイツに相談してアタシには相談しないのよ!」

「こんなこと言い出したら彩の方が辞めるって言うだろう?」

「そんなの言わなきゃわからない!」

「彩は優しいから自分を犠牲にしてでも俺を助けようとする。メディック(衛生兵)戦が好きなのもそうなんだろう?」

 サバゲーで負傷兵を救護しつつ敵陣を奪取する特殊なルール。軍隊と言う群れに居ながら個人を発揮できるし、馨の言う通り人助けが嫌いではない。ただ、感情表現が不器用なだけなのだ。


「俺のワガママで彩が辞めるなんて我慢ならない。まあ、彩のそんな優しいところが大好きなんだけどさ」

「……アンタって口がうまいのよ」

 唐突に感情がこもり怒ることが出来なくなってしまう。


「で、転職について相談していたんだけど、つい、彩とのことを話してしまって」

「どこで!?」

「マコがご執心のダーツバーでさ。三次会で行ったところ」

「あの林原がねぇ……。アンタに言われても想像できない」

「俺もだよ。目がハートになっていたから、コレは本気だってスグにわかった」

「で、アタシとのコトをナニ話したのよ!?」

 空になったグラスを恨めしそうに見つめ、代わりの酒を探しに冷蔵庫へと向かう。背中に聞こえるように馨が続ける。


「……彩との将来のこと」

「……はあっ!?」

 ドアを開けたまま馨の方に振り替える。ドアポケットにあった缶ビールがカタッと相槌を打った。

「彩とこのままで良いのかな?って。社内でのこと、年齢とか、貯金とか、結婚とか。そんな心配もスッと話せる人だったんだ。聞き上手なんだよ、江口さん」

 酒で赤くなっているのではないことは確かだ。馨の言葉でみるみるうちに茹蛸のようになっている。


「彩、これからはずっと一緒にいよう。もう、周りに気を遣ってコソコソするのはヤメだ」

 そう言って冷蔵庫の前で固まっている彩をゆっくりと優しく抱きしめた。

「う、うん。うん。一緒。ずっと一緒が良い……」

 これまた唐突な告白に思いがけず涙が溢れてくる。


 馨の中でナニかが吹っ切れた。それは、今までコンプラの権化のようだった小畠の事を聞いたからかもしれない。

 彼がやっていたから自分もやって良い、そんな簡単な気持ちではなく、本心から彩が好きだから、自分にも彩にもウソを吐きたくなかった。


「馨のばかぁ~!」

 彩の背中を撫でながら"人って泣くと体温が上がるんだな"と冷静に考えている自分が居た。

「ほら、明日も仕事なんだから」

 子供をあやすように落ち着かせる。その優しさが嬉しくて更に泣いた。

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