#215:OOH 5
「こんばんは!面談ですか?」
コーヒーちゃんとは本日二回目、彼女も俺の行動パターンがわかってきたらしい。
「やあ。ちょっと仕事の摺り合わせでね」
「遅くまでお疲れ様です!ごゆっくり!」
「ありがとう。いただきます」
こんなやり取りも思い出せないくらい続けている。ましろにも似たような感覚を覚えたな。仕事や会社に関係ない人間関係って物凄く大切なんだ。
今までは億劫で仕方なかったが、一旦やってみると不思議と心地よかった。殻にとじこもってばかりもダメなんだな。
莉ったんとの特等席はこの時間帯を過ぎれば空いていることもわかった。店内の客はまばらなのだがコーヒーちゃんの言葉のように、社外で面談をするような人物が他にもいることに気が付く。まぁ俺は仕事に託けたプチ・デートなんだけどね。
三つ並んでいるイスの真ん中に座る。こうすれば空いている端側の席に座られることも無い。わざわざ俺の隣に座る酔狂なヤツもいないだろう。多分。コンセントは端にしかないから充電しながらとかはちとキツイけどな。
店内のBGMを聞きながら今日の議題(?)を頭の中で軽く纏める。
莉ったんはアノ販路の改装の件を知っていたが情報源はどこなのか。大井さんだろうと推測はしているが、大井さんがどこまで関わっているのかが知りたい。
そして、莉ったんにも関わりがあるのか――
「お待たせやのや♡」
窓ガラスを通して急ぎ足の人を見つめていると、後ろから愛しの莉ったんの可憐な声が右耳をくすぐる。
「お疲れ。仕事終わりに突然ごめんね?」
「なんちゃあなんちゃあ!ズっちゃんと会えるなら疲れも吹き飛ぶがよ!」
俺も同じ気持ちだが、気恥ずかしくて伝えられないよ。もう少し若かったら……なんて考えるが、若かったとしてもできないだろうな。
「早速で悪いのだけれど」
ホット・ココアをフーフーしながら飲む莉ったんに、個人的な感情を隠しながら本題に入る。
「ああ、OOHの件じゃろう?元泉の販路の?」
「そうそう」
相変わらず辛辣な言い方に苦笑する。この容姿でさり気なく毒を吐くのもギャップがあっていいな。莉ったんならオールOKってヤツだ。甘いな、俺は。
「アレはなぁ、ちぃと混み込んぢょるんよ。大井さんがやっている会社の方でなぁ」
物思いに耽るように遠くの空を見つめる。視線の先には過去の彼女が写っているのだろう。会話や内容を思い出しながらポツポツと話してくれた。
「大井さんは前にも言うたがやけど、相談役?みたいな立ち位置で会社の経営に携わっておる。オラと瑠海ちゃんは表向きの派遣会社での関係じゃ」
不意に瑠海の名前が出てドキリとしたが、おくびにも出さずに相槌を打ちながら話を進めさせる。
「基本は派遣やから難しいことは無い。月に2、3回面談するくらいじゃった。それも瑠海ちゃんが来て変わってもうた」
莉ったんと瑠海の過去はある程度認識している。大井さんのことでやり合ったと。
「大井さんはオラに頑張って欲しいがために、色々と情報をくれたんよ。前にズっちゃんに言われたことがあったよな?」
『情報は時に宝でも有り、時に毒となる事も』
裏取りしていない情報を軽々しく口にしてはいけない、ましてや信じてはならないと部下達にも散々言ってきたコト。あの時の莉ったんは理解できていないようだったので、老婆心ながら上から目線で言ってしまったな。
「グループ関係のコト、新規案件、株価、とかな」
「か、株価まで……!?」
「言うたちそんなんに興味は無いけ、話し半分以下で聞いておったがの」
ケラケラと軽く笑う彼女の目が弓なりに細くなる。本当に悪気が無さそうだ。
「その中にあのデパートの件があっての。改装の話へと続くんじゃ」
いつかのパソコン研修の時のように、碁石を打つかの如くスマホをタップする。
「あの時の情報をまとめたものじゃ。莉ったんが見てもようけわからんからズっちゃんが見て判断しとおせ?」
「お、俺が見てしまっても、良いのか?」
これは他社の情報、守秘義務等々で面倒なことになるのでは?
「大井さんの独り言を莉ったんが思い出して詩にした、それならば良いろう?」
確かに、"情報を渡す"よりかは見る側の判断に任せた方が、ナニかあった時にお互い安全ではある、な。
「……この入れ知恵も大井さんが?」
まだ彼と繋がりがあるのか?砂山から一粒、砂がこぼれた程度に疑った聞き方をしてしまった。
「違う違う!コレはズっちゃんに言われて莉ったんなりに考えたことじゃ!」
心の中はまだ砂粒が引っかかっている。ちゃんと、否定、してくれないのかな?
「それとじゃ!もう大井さんとは綺麗サッパリと縁を切ったんがじゃ!何も心配は要らんけ!」
そう言うなり俺の左腕にギュッとしがみついてくる。前にもこんなことがあったな。
「何じゃあ?ズっちゃんは妬いたんかよ?かわええのう!」
ちゃんと否定してくれた安堵感と、莉ったんの香り、柔かな体温が一気に俺を包み込む。安らぎ。ただただ安心と言う目に見えない安堵感で一杯になる。
天使のように思えた彼女が逃げてしまわないよう、莉ったんの手を握り締める。細く長い指に絡めながら。恋人繋ぎってヤツだ。天国はこんなに近くにあったのだ。
「ズっちゃんのしわいんも大分変ったのう♡」
こんなところでこんなことをしている。半年前の俺からは想像もできなかったこと。
「し、師匠!じゃなくてお小畠さ……課長!?り、莉加っちも!?」
天国から地獄へと叩き落す審判の鐘が聞こえる。色欲の悪魔が手招きをしている。
振り向くと和田と神谷が茫然自失といった様子で立っていた。




