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#209 : フレンド

 俺の時が止まったままなのに、アレから一月が経とうとしている。


 驚かされたのは時間の速さだけではない。女性と言う生き物を考えさせられる。


 社内でしか会わなくなった瑠海は、いつもと変わらない瑠海だった。後ろめたさを微塵も感じさせないほど清々しい。俺を気遣ってくれた結果の行動。俺に同じことができるだろうか?自信に満ち溢れた眼差しが哀しげに映る気がしてならないのは、俺の思い込みなのだろうか。


 そんな健気な彼女を傷つけてしまった。罪悪感で胸が苦しくなる。四ツ谷の時よりも重たく冷たい感情。後ろ髪?そんなワケない。

 ……ワケないハズなのに、もう瑠海からの情熱を受け止められなくなる、そう思うと切なくて悲しくて寂しい気持ちが湧き起こる。


 儚い。どうしてこんなにも儚いのだろうか。

 彼女の気持ちに応えることができなくて、俺が欲しいモノを選んだ。その行為を自分で責めている。正解なんて無いのに。


 多くは語らなかったが、瑠海は莉ったんと付き合うことに気がついている。諦めに似たキス。最後の口づけ。いつものように思い出させる痺れは無いのに、ふとした瞬間に思い出してしまう。


 未練、と言えばそうなのだろう。俺は頑なに瑠海との関係をひた隠しにしてきた。社内で、大井さんですら知らないだろう。カマをかけてきた莉ったんくらいだ。


 名残惜しく思うのは外見が良いから、それだけでは無い。時には俺を立てて、時には諌めてくれた女性はそうはいなかった。あれほど自信に満ちている女性からの言葉、どれだけ俺を変えてくれたことか。変わっちまった俺はまんまと恋敵に乗り換えた。これじゃ大井さんと同じじゃないか。そして、また、瑠海に同じ思いをさせ傷つけた。


 一番、気にかかるのはココなんだろうな。莉ったんから聞いてしまった二人の過去。真実かどうかはわからないが、ウソをつく必要もない。ソレに対して俺が勝手に思い込み、勝手に行動し、勝手に莉ったんを選んだ。それだけなんだ。誰も悪く無いし、誰もが被害者なんだ。


 こんな気持ちになる恋ならば、手に入れなければ良かったんじゃないか?


 自問自答ばかりする毎日は、ゆっくりでいながら光の速さを超えない速度で流れる。いつまでも引きずっていてはダメだ。莉ったんと俺と、瑠海と俺との二人の関係を並べてはいけない。俺は莉ったんを選んだのだから。


「小畠課長、外線1番に委託先の事務局様より入電です」

 柏木の声で現実に引き戻される。仕事に集中するんだ。俺が信じた道が正しいか正しく無いか、ソレは莉ったんと作り上げていけば良いこと。


 道は俺の目の前にあるのではなく、俺が歩いた跡が道になるんだ。

 こんな無様な背中を部下達に見せたく無いし、見られたくも無い。勿論、瑠海にも。


 珍しく定時であがり、歓楽街にあるシガーバーへ向かう。紫煙を燻らせながら想いに耽る。

 初めて会ったあの日、二課に決まった時、社内で目が合った瞬間、なお君のお店でバッタリ会った時の華やいだ心、四人で飲んだ時に感じた面倒見の良さ、二人で祝った誕生日、初めての逢瀬。


『Non ti scordar di me…』

 忘れることなどできるだろうか?忘れる努力をしないとだ。


 もう、重ねることが無い唇の甘さにサヨナラを告げる。あの時に言わなかったのは結果として良かったのだろう。


 葉巻を三分の一程度も残してウイスキーを煽る。味も香りもわからない。傷つくコトを恐れない眼差しに胸を貫かれながら、煙に情念を乗せて俺は席を後にした。

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