#202 : ……が綺麗ですね。
「もうたくさんじゃあ……!」
珍しく食べ切ったようだ。量的には普通くらいだろうけど、小食だと言っていたしな。
「ご満足いただけましたでしょうか?」
「たまるか!最高じゃ♡」
その言葉が聞けただけで俺も最高だよ。デセールは君の笑顔さ。
「ズっちゃんはあんまり飲んでおらんのう?」
「食事をするお店だからね。酒が飲みたいならラウンジに行けば良い」
良いとこ食前・食後酒で止めておく方がスマートだ。これ見よがしにボトルをわんさか開けるヤツがいるが、食事は食事で楽しむべきだと思う。莉ったんが飲めないってのもあるが。
「なんちゅうか、スマート?やのや」
「んー、マナー?雰囲気?を壊したくないってのかな。場の空気とか」
「……その割には今日は随分とダイタンやったのう?」
言われて気が付く。自分から手を繋いだり、指を絡めたり、抱きしめたり、キスしたり……。不思議だ。俺が一番苦手でイヤがってきた行動を自ら取っている。
「それは……莉ったんのこと、が――」
言いかけてレストランにいる現実が襲う。魔法は解けてないが自制心の方が強かった。グラスの水を飲むフリをして誤魔化す。
「莉ったんのことが……なんじゃあ?」
「エロいオっさんみたいな顔をするんじゃあないよ!」
小声でツッコミを入れる。
「こないにカワええお顔をオっさんなんて失礼やが!」
「ごめんごめん。莉ったんは可愛いよ」
「素直にそう言えば良えんじゃ♡」
結局、言わされてしまう。手玉に取られている気もするが気分が良い。これが『はちきん』なのか。
「語源は色々とあるき、どれが正解とは言えんが」
前置きをし水を一口飲む。小さくて可愛らしい唇。笑った時に微かにえくぼが出る。今まで気づかなかったけど、彼女が本気で笑っていないせいだと思う。自然体でいてくれる、それだけでなんか嬉しくなるな。
「男は二つ持っておるがやろ?それを四人分で八つ、やから『はちきん』と言うんじゃ。一人でそれくらい相手がデキるっちゅうことや」
しれっと言われて驚く。最近だと良い意味で使われないってのも頷ける。
「やけえ使い方間違えると……恐しいじゃろう?」
「使い道がないから大丈夫だと思うけど一応、気をつけておくよ」
忠告はしっかりと聞いた方が良い。知らずのうちにキズを付けたくないからな。
テーブルクロスいっぱいに広げた会話は途切れることがなかったが、そろそろ良い時間だ。お部屋へと向かいますか。き、緊張してきた……。
左腕を軽く曲げてエスコートする。さすがに”恋人繋ぎ”はこのお店ではちょっと、ね。
「お姫様のようじゃ♡」
「騎士めがお供させていただきます」
「ダメじゃあ!」
「なんでさ?」
「姫と騎士は結ばれんがやろ?王子様でなくてはのう!」
「王子、ねえ……」
「莉ったんだけの王子様やが♡」
組んだ腕にしがみつくお姫様。王子よりかは家老の歳だけどね。彼女に言われるとついその気になってしまう。オダテに弱いなぁ。
「ラウンジはええのかよ?」
「今日は酒を飲みにきたんじゃあ無いよ」
「ほいたらナニをしにきたんじゃあ?」
「だからその顔はやめなさいって!」
こんな顔つきを”ニヨニヨ”って言うのか?可愛い顔してるから不快ではないけど、ギャップに驚かされる。言うこともカゲキな時があるからな。
「……このエレベーターは嫌いやが」
「すぐ着くから大丈夫だよ」
空いていた部屋は59階、ものの数秒だろう。
「おおっ♡」
本日二回目の感嘆を頂きました!
ドアを開けると正面に窓があり夜景が広がっている。反射しないようにルームライトはオフにしてきた。海を左手に山下公園向きの部屋だ。お姫様は真っ先に窓に飛びつく。観覧車も夜景も好きって子供みたいだな。
「観覧車よりも高い所におるが!アレは……ハマスタやが!」
「どっちも上から見ることはそうそう無いだろう?」
してやったり。細工は流々、仕上げを御覧じろ。アレ?前にも彼女に言ったような?
「ズっちゃん!ありがとう!」
振り向きざまに俺の胸に飛び込んでくる。ああ、この香り、温もり……。待ち焦がれたよ。
「ベッドはツインなんじゃのう?」
「空いてたのがこの部屋ともうワンランク下のしかなくてね……」
初っ端からスイートって恰好つけるワケにもいかないしな。金欠じゃなくても無理な相談だ。
「ズっちゃんと一緒ならどっちでも良えのや♡」
今度は彼女から唇を合わせてくる。優しくて、愛おしく、狂わせられる。
「月が……キレイですね?意味は覚えちょるがか?」
そのままベッドへとなだれ込み押し倒される。コレって逆だろう!?
「ナニを意味するかはわかっておろう?」
二ヨった彼女が俺の上に跨る。こ、こんなにも積極的だなんて想像できんよ!
「この時をどればあ待ったことか……!」
……忘れていた。肉食。猫は可愛いけれど肉食獣だと言うことを。
夜空の星達に照らされながら、俺達は一つの影になった。




