#201 : 夜空に広げたテーブルクロス
「……大丈夫かよ?」
観覧車の後のジェットコースターは俺の胃袋をしっかりと攪拌してくれた。
「顔色が白すぎるがが!?」
「だ、大丈夫。それより、ホテルのディナーの、時間が」
気を抜いたら思いをぶちまけそうだ。乗り物酔いしないタイプだと思っていたのに。歳を取るとブランコに乗れなくなるアレか?
自販機で冷たい水を買う。彼女はなにも要らないとのこと。普段から冷たいモノ摂らないよな。
内臓脂肪が付いていないから、なのだろう。ハダカを見たワケじゃあないから確証はないが。……こ、これから、見ちゃうのか?
「ズっちゃん?良くなったかよ?」
「あ、ああ。行こうか」
手すりにもたれながら彼女の裸体を想像していた。なんてことがバレないように平静を取り繕う。前に送ってきた下着姿の写メは業務用端末にだったから速攻で消してしまった。こんなことなら取っておけば良かった?
何だってあんな写メを送ってきたんだろうか?今なら聞けそうだけど、俺にはまだそんな勇気は湧きあがってこない。小心者なのでね。
コスモクロックを背中に国際橋を渡り、来た道を戻っていく。みなとみらい二丁目の信号辺りでアトラクションから嬌声が聞こえ何だかワクワクする。少し気分が落ち着いてきたかな?
そのままさくら通りを進んでいくと左手に日本丸が、通りの先に彼女を抱きしめた動く歩道が見えてくる。無意識に抱きしめてしまった。ずっと、そうしたかった。離したくないって思ったんだ。こんな気持ちも行動も初めてで自分でも説明がつかない。
お目当てのホテルは下から見上げると薄っすらと雲がかかっている。雨男の本領発揮にならなきゃ良いけど。
「ズっちゃん!ココかよ!?」
「ああ。このデカイタワーだよ」
GWギリギリで取ったからあまりいい部屋ではない。取れただけマシなモンだ。値段は……いつまで経っても金欠病が治らないな。
「かあー!デッカイのう!」
下から見上げて目をキラッキラさせている。瞳に映るライトが良い演出をしてくれる。チェックインは済ませているのでレストランがあるフロアーへ直行する。
「耳が、耳がヘンじゃあ……」
「高いと気圧の影響を受けるからな」
エレベーターによっては気圧を調整する機能が備えられているが、誰しもが恩恵を受けるワケではない。莉ったんは色々と繊細なんだなぁ。
レストランフロア―の階に着き、予約していたお店へ。好みはわからないが今日はフレンチだ。店名はフランス語で”天空”を意味するんだとな。壁際……では無く、窓側へと案内されホッとする。これで壁側だったらなんのためにココにしたのやら、だ。
「おおっ♡」
ウェイターが引いた椅子に座るやいなや感嘆が漏れ聞こえる。海側が見えたら、と思ったが横浜駅方面だった……。
「夜景を見るのが好きやから良えんじゃ♪」
先ほどとは違う明かりが瞳に宿る。気落ちした俺をさり気なく慰めてくれる君とする食事は、さぞ美味しかろう。胃袋が自然と元気になる。
「ズっちゃんは高いところやのに平気かよ?」
「ここまで高くなると逆に平気」
「なんやソレ!?」
お。西日本のツッコミを喰らっちまった。ここまで高くなると落ちても確実に”死ねる”安心感?があるからなのだろうな。中途半端な高さが一番苦手だ。とは言えここ十年くらいで慣れてきたことだが。
高い所がキライなので出張も旅行も新幹線を使っていた。出張族だったある時、どうしても間に合わなくて飛行機に乗った。フライトするまでは生き地獄だったが、雲を超えた辺りで恐怖を感じなくなった。それから、かな。
「随分と都合の良い恐怖症じゃのう」
フランス料理でもウーロン茶を頼む彼女。マイペースはこのコの良い所だ。俺一人で飲み切れるかわからなかったのでハーフボトルでシャンパンを頼む。あんなことが無ければイケたんだけな。
「飲み過ぎはアカンと言うたがやろう!」
めっ!と怒られる。十以上も歳の離れたオっさんを子供扱いする。コレも彼女にしかできない事なのだと甘んじて受け入れる。寧ろもっと下さい。
アミューズ……ってなんだっけ?ああ、日本でいうところの”お通し”?みたいなヤツが運ばれてくる。一口サイズのものがちょこちょこ出てくるのは見た目には楽しいが、チマチマとしているのは何とかならんのかな。
彼女の手元を見るとちゃんと外側からカトラリーを使っている。こういうマナーが解る人で良かった。
「そりゃ元・旦那がアレやから、のう?」
なるほど。資産家ならこういう店にもしょっちゅう来るし、家庭でも似たような格式の高い食事だったのだろう。
「そう言や莉ったんは苦手な食べものはあるの?」
前回は”脂っこいモノ”と抽象的だったからな。
「食べれるか食べれんかで言うたら食べたくないモノの方が多いけ」
「……好き嫌いはしちゃダメなんじゃない?」
「やけえ子供にも食べさせんかったが、息子はオラの嫌いなモンも平気で食べよるが」
これと言って、なモノが思いつかないようだが、好き嫌いが多いことに驚いた。
「ズっちゃんはよ?」
「……椎茸」
「なんでやあ?美味いがやろう?」
「味と食感がイヤなんだ」
思い出しただけでも寒気が襲う。子供の頃、給食で椎茸が出て食べられず、帰りの時間まで”残さずに喰え”と強要された。今なら大問題だよな。それでも喰わなかった俺も問題なんだけど。
「みじん切りよりも細かくされていたら何とか。それ以上はムリだね」
なるべく想像しないようにシャンパンを流し込む。ぶるぶるっ。
「今度お弁当に椎茸の肉詰めを作っちゃろう♡」
「ほっ、本当にカンベンしてくれ!?」
「おいよー!ほんに嫌いなんじゃのう」
ケラケラと笑う彼女の瞳が弓なりに細くなる。その笑顔を見ているだけで満足してしまう。莉ったんが作ってくれたら食べられるかなぁ?
夜空に広げられたテーブルクロス。他愛もない会話を並べるには高級過ぎるが、初めての夜を演出するのにはコレくらいしないとだよな。
……この後のコトを考えたら、顔が熱くなってきた。
「体調良くないんと違うか?」
心配されちまった。赤い”理由”なんて恥ずかしくて言えるモンか。




