#200 : おタカいのがおスキ
第二部
繋いだ手を離さないようにしっかりと握り、ランドマーク・タワーを抜けてクイーンズ・スクエアへ。途中でコスモワールドへと誘導するかのようなウッドデッキを降りる。
「大きな観覧車じゃのう!」
「建てられた時は世界一だったんだぜ」
眼前に聳える観覧車は世界一どころか日本一でもなくなってしまった。
「おいよー!透明のがあるがよ!」
「……ああ、高いところが好きなヤツ向けに、な」
高所恐怖症の俺には到底理解ができない。足もとが透明なんだぜ!?スカイツリーでさえ下から見てるだけで腰が抜けたと言うのに、動いている観覧車に乗ったと想像するだけで冷や汗が止まらない。
「せっかく来たんやからアレに乗りたいが!」
「マジ……?」
「莉ったんウソつかない!」
本気かよ……?いや、正気かよ?の間違いだ。彼女の言葉に意識が飛んだまま国際橋を引き摺られるように渡る。
「ほれ!同じ値段やったらアッチに乗ろうぜ?」
「……どうしても?」
「どいたち乗りたいが!」
駄々っ子莉ったんになったら諦めるしかないのか?俺もアホじゃあ無い。安全の為の対策は万全に敷かれ、常時点検を行っていることも理解している。でも、怖いんだ。莫迦を馬鹿にするワケじゃあないが、高いところはバカと煙に任せておきたい。券売機を恨めしく思っても値段は一緒。だ、大丈夫、落ちやしないサ……。
「順番にご案内しまーす」
アルバイトのコは捌き慣れているのか、チケットを一瞥しただけでシースルー・ゴンドラへと案内する。やっぱり今日だけは同一料金なのを恨むぜ。
「楽しみじゃのう♡」
「そ、そうデスね……」
「なんじゃあ?ズっちゃんはビビっちゅうがか?」
「ビビるもナニも、人間が到達して良い高さじゃあないだろう!?」
「言うたち100mくらいやろ?スカイツリーが340mで写真を撮るとこじゃ、三分の一以下ねゃあ!」
「言うのは簡単だけど体感は違うダロ!?」
正直、もう泣きが入っている!助けてくれ……!
「ほれほれ、次じゃ次じゃ♪」
「なんでそんな楽しそうなんだよ?」
酒をたらふく飲んでいたってコレは勘弁してもらいたい。どれだけ酔っていても素面に戻れる。マジでちびりそう……。
「そんなん決まっちょろう!ズっちゃんと一緒やからじゃ♡」
「その気持ちはありがたいのだけれど……」
「莉ったんと一緒はイヤかよ?たっすいがはいかん!」
いつか見たポスターのキメ台詞と共に、繋いだ手には滴り落ちるほど汗をかいている。絡めた指もそのまま透明なゴンドラへと乗せられてしまった……!
「ほんにズっちゃんはもう!」
向かい合わせに座り、ガチガチになった俺の手を開き、汗を拭きながら笑っている。楽しんでくれれば良いんデス。ボクは無理デスけど。
無情にもゴンドラはゆっくりと上昇を始める。観覧車なんだから当たり前だ。眼下にはチャペルが見える。前は確か……中古車のオークション会場じゃなかったっけ?
高校生の頃、新年のカウントダウンの時は”みなとみらい”集合だった。優は山梨の遊園地を目指していたけど。俺はポンティアックのスターチーフ。が、欲しくて欲しくても買えなかったので、三菱のシーラカンスをアメ車風に改造していた。今の軽より居住スペースが小さかったのにアメ車気取りなんてな。
何十年も経てば街も車も人も変わる。高い所が嫌いだった俺も変わるさ。見ていろよ?
「ズっちゃん?大丈夫かよ!?」
……顔面蒼白、嘔吐寸前、心拍・体温共に上昇中、動機、息切れ、パニックまであと一歩。このまま死んでしまいそう……。高所恐怖症を舐めたらアカンぜよ!アレ?もう死語なんだっけか?思考能力さえ奪われていく。意識が、遠のいていく……。
彼女の柔らかく、優しくて暖かな手で両手を握られ宥められる。
「莉ったんがソバに居るからの?大丈夫やけ、安心してな?」
言葉では解る。側にいてくれるのも。でも、もうすぐ、一番の恐怖が、頂上に……、くっ苦しい!?息が……でき、な――
息ができないのは、彼女のクチナシのように小さな唇が、しなやかに折り重なっていたからだった――。
「……初めてのちゅーじゃ♡」
あの大きな瞳で俺を見つめ、この夜空に瞬く星をも取り込んでいく。もちろん、俺も一緒に。
どこまでも広がる夜空の中に俺達だけがフワフワと浮いている。まるで零れ落ちてしまった星屑のようだ。このまま月は昇るのか、沈むのか。ゴンドラはゆっくりと頂上から下降を始める。
……呆気に取られてしまった。時間にすればたった数秒の出来事。なのに、もう何時間も夜空に漂っていたような感覚に陥る……。一瞬のトキメキが瞬間となり刹那の記憶に深く刻まれる。衝撃だ。これは。なんて深く慈愛に満ち満ちたキスだったのだろうか……。
「落ち着いたかよ?」
言われて気がついた。震えは止まり、心拍数も落ち着き、呼吸もできている。あのキスにどれだけの効果があったのだろう?
「……ありがとう」
感謝を込めて、今度は俺から彼女に優しく、甘えるように口づけをした。
唇が離れた時、彼女の肩越しに俺達に似たようなカップルがゴンドラから見えたが、今の俺はもう人の目なんて気にもしない。バカップルと言われても構わない。今、この瞬間じゃなければ意味が無いんだ。
「ちょちょちょ?ズ……ちゃ…ん、んふ…う♡」
もう係りのコには見えているだろう。”まあたバカどもがやってるよ”くらいの目で見られているだろう。そんなのをイチイチ気にしながら彼女と過ごせない。俺は俺の思うままに。……公序良俗に反しない程度に……、彼女とのを愛を育むんだ。
ゴンドラから降りる時にはいつもの俺に戻っていた。白くか細い腕を取りエスコートする。馬車から降りる姫君の手を取るように。
「楽しかったがじゃ!ありがとうな♡」
「ありがとうは俺の方だよ。最高の場所で、瞬間で、初めてのキスをくれて」
いつもなら顔から血が出そうになるくらい恥ずかしさがこみ上げるが、そんな事をおくびにも出さずに言える。
たった数日で俺はこんなにも変わっちまった。君に染まっちまった。今は心地良ささえ覚える。誰よりも君のことが知りたい。愛とは探求心、求めるものをより理解したいと思うのは当然のことじゃあないか。
「次はアレに乗りたいが!」
落ち着いたはずの胃袋がバニッシュを見てもう一度すくみ上がる。
……もう、君とならナニも怖くないよ。二人ならどんなことでも楽勝さ。さあ、手をここに。もう離さないよ。汗にまみれているけどね。