#198 : ずっと待っていた。
「ズっちゃん♡」
天使の微笑で俺を呼ぶ。この笑顔を独り占めできる、そう考えただけで震えそうだ。
莉ったんは所謂”かまってちゃん”、何かとスキンシップを取ったりチョコチョコと動いている。
弾幕のようなメッセの理由も理解できるような気がする。常に構ってもらえないと不安になるのだろう。
本質的には俺と真逆だ。俺は放っておいて欲しいタイプ。犬猫で言うなら猫だ。適度な距離感が良い。
彼女は猫のように振舞い、犬のような健気さを持っている。二面性……、いつか感じたことを思い出す。そこが魅力的なのだけれど。
「明日は仕事やき、今日は遅くまで居れんがよ」
眉尻を下げて寂しそうに呟く。コロコロと表情が変わるのも魅力の一つ。
「基本は平日休みなの?」
「販売職やからのう。土日祝は出勤じゃ」
休みが被らない……。これからお付き合いをしようと言うのにいきなり壁に当たる。前までの俺なら悲観したが、今は違う。君に会うためなら。
「平日、仕事終わりに会ったり、俺が有給を取れば時間は作れる」
「そうじゃな!お互いの時間を調整すれば会えるのう!」
工夫次第でどうにでもなる。仕事と同じだ。一緒にはしたくないが。
「そいたら来週の月曜はどうじゃ?」
「GWは予定が無いからいつでもOKだよ」
「決まりじゃの!」
「場所はいつものカフェで良い?」
「横浜に行きたいが♡」
この前行ったばかりじゃないか?
「観覧車の方には行っとらんけ、乗ってみたいがよ!」
あすこの観覧車は当時は世界一の大きさだったが、いつの間にか追いやられてしまった。俺、高いところ苦手なんだよな……。
「なんじゃあ、ズっちゃんにも怖いモンがあったかよ?」
「饅頭が怖い、じゃなくてまだ良かったよ」
ロックの合間に落語を聞く。俺の古い言い回しはじいちゃんとばあちゃん、落語の影響を受けている。
「仕事終わりに行くからの!初めてのお泊りやな♡」
……いつものように心臓が高鳴る。付き合っていても、いなくてもそういうことだよな……。
彼女は最初から俺を受け入れてくれるつもりだったんだ、俺も腹を括らなきゃだ。景気づけにウイスキーを飲み干す。
「飲み過ぎはカラダに毒やからのう?」
「わかっている、ありがとう」
腰の痛みも酒のせいか?本当に歳を取ったと実感する。運動不足もあるだろう。
次回のデートの約束をし、俺達は店を後にした。
「ニオイ、大丈夫?」
「これもズっちゃんと思えば良い香りなんじゃ♡」
本当に前向きだな。気にしすぎるのも俺の悪いクセ。彼女が良いと言うなら良いんだ、気にするな。
「今日はここで、また月曜に」
「寂しいのう……」
本当に寂しそうに呟く彼女。俺まで寂しくなっちまうよ。
「ズっちゃん、サヨナラのちゅーはしてくれんのかのう?」
「……へ?」
いくら俺が吹っ切れたとは言えここは会社がある駅だ、人の目がありすぎる。
「さ、流石にそれはちょっと……」
「しゃあないのう!今日はコレで勘弁しちゃろう♡」
そう言うと俺の胸に飛び込んできた。彼女の香りと葉巻の香りが混ざりあって不思議な感覚になる。
「ぎゅうーってしてくれんのかよ?」
その気持ちに応える様に強く抱きしめた。言葉に出来ない安心感、至福の時。このまま時間が止まってしまえば良いのに。
「来週が楽しみじゃ!気をつけて帰ってな♡」
「ああ、俺もだよ。莉ったんも気をつけてな?」
いつもでも離そうとしない彼女に切なさがこみ上げてくる。こんなにも愛おしいなんて……。
前回のようにいつまでも振り返りながら手を振る彼女を見送る。
独りになった瞬間、寂しさが増してくる。もう、彼女を欲している。
抱きしめた感触と体温が無くならないように、ゆっくりと改札に向かった。