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#190 : ハミングバード

 目測通りに定例会は進んだ。

 昨今の情勢を鑑みて、古いやり方を刷新する方向で行く。


 革新的な新規顧客獲得には効果があるが痛みも伴う。と言うよりか痛みの方が大きい。痛みとは勿論、売上の低下だ。

 慣れ親しんできた顧客からすると新製品に対して『裏切られた』が強くなる傾向にある。かといって同じモノを作り続けても新規開拓は望めない。

 ここで勝負に出れるだけの資金(体力)があるなら迷わず進む。ウチの会社はイケイケドンドン、迷うヒマがあるなら石橋を壊してでも進めの企業。結果が良いか悪いかは数字でしかわからない。


 気持ちの余裕が出てきたせいか、田口に対してイラつくことも盾突くことも無くなってきた。やっとこさ”意見交換”が出来るようになった。今までは一方的に言われっぱなしだったからな。固過ぎる俺をほぐしてくれた皆に心から感謝をする。皆が居てくれなかったら俺はずっと田口と犬猿のままだったろう。


 瑠海からは特に連絡が無かった。落ち込んでいるかと思ったけど、プライドが高い彼女のことだ、慰めが逆効果になるのは目に見えている。落ち着いてほとぼりが冷めたらしれっとお誘いが来るだろう。


 それにしても沙埜ちゃんが和田を”慎ちゃん”と呼んでいたことに驚いた。彼女は誰とでも分け隔てなく仲良くなれるタイプだが、和田が自己開示をした、という方に驚いている。

 和田は大人の通過儀礼を()()果たしていない。女性恐怖症ではないが、タイミングの問題だったのかもな。和田と世間話をするようになってから、女性と仲良くなるコツをやたらと聞いてきた。飽くまでも俺流だから参考にはならないと常に言ってきたが、自分の色が出せ始めたのは良いことだ。


 神谷も柏木の話しからすると少しだけ心を開いてくれたようだ。誰だって仕事なんかやりたくない。雇われている側としては特に。営業で積み上げた数字のウチの微々たる金額しか給与に反映されない。個人でやっていたら取り分は大きくなる。その代わり比例してリスクも大きくなる。どっちを取るかは本人次第だが、雇用されているうちは文句を言いながらも働かなければならない。


 どうせ働くなら楽しめる方が良いだろう?これは田口のおかげかもしれないが、のっけから洗礼を受けたせいでサラリーマンが嫌いになった。一念発起して新しい世界に死に物狂いで飛び込んだのに、そこに思い描いていた楽園は無かったんだ。

 だったら自分で作れば良い、楽しめばいい、そう信じて突っ走ってきた。自分を律すると言えば聞こえは良いが、常に自分の保身・逃げ道しか作ってなかった俺は今更になって反省をしている。人間嫌いも改善されてきた。


 きっかけは……瑠海。そして四ツ谷、莉ったん。いつぞやか『火曜会』でイノベーター理論を説明した際に浮かんだ構図の通りになっちまった。

 瑠海がイノベーターを、四ツ谷がアーリーアダプターに、莉ったんがアーリーマジョリティに拡販……。

 瑠海が俺の意地をこじ開け、まだ拡散されていない本性に四ツ谷が寄り添い、莉ったんが大っぴらにアタックをかます。

 ハマりすぎてやしないか!?コーヒーちゃんの店で感じた”必然”のような気がして寒気が走る。


 前週、今週と散財をし過ぎたので宅飲みで節制をする。帰りにコンビニに寄るのも辞めた。金曜になればやっとギターが弾ける。それだけを楽しみに社畜は今日も荷馬車を引く。



『ズっちゃん♡今日も残業かよ?』

 時刻は金曜の十七時、最近はこの時間帯に送ってくることが多くなった。休憩の時間なんだろうな。


『お疲れ様。休憩?今日は早く帰る予定だよ。』

『そうながか!莉ったんは明日代休でお休みになったけ、ズっちゃんに会いに行こうと思ってな♡』

 世間様はGWが始まる。俺もカレンダー通りの休みなのだが、今夜はスタジオなんだよな……。まるでギターの神様が『お前にはまだ早い』と言わんばかりに横やりが入るなぁ。


『それはありがとう。ただ、今日は先約があって』

『オンナかよ!?』

 この前の小鳥が怒っているスタンプともに送られてくる。反応が早いっての。


『違う違う。一旦家に帰ってスタジオに行くんだ。21時に予約してる』

『そうながか!ほいたら莉ったんもスタジオに一緒に行くが!構わんかよ?』

 ハテナマークを頭上に小首を傾げてる小鳥。まるでカミングアウトされた時の莉ったんのようだ。

 んー、一人増えても個人練習扱いだから構わないけど、楽器できるのかな?練習見ててもつまらなくね?ってかあんまり見られたくないな……。


『ズっちゃんと同じ空間に居る、それが大事なことながや♡』

 そういうモンですかねぇ……。練習しているところを見られるのは気恥ずかしいんだけど。

『練習とはそういうもんじゃろう?誰でも最初っから弾けたら苦労はいらんぜ!』

 そう、なんだよな。見られたくないのはいつも”完璧”を求めたがる俺の性格のクセだ。ましろにも突っ込まれたな。こう言うところも直していこう。もう誰も傷つかなくていいように。


『OK。23時まで抑えてるから場所を送っておくよ』

 スタジオのHPと地図アプリのスクショを送る。

『今いる店舗から一本でいけるが!終わったらスグに会いに行くけ、先にギター楽しんでな♪』

 また後で、と小鳥が手を振るスタンプが可愛らしく動いている。


 彼女は自分の欲望に素直なんだろうな。単純に、理由も無く”会いたい”って言えることが羨ましくも思う。会いに来てくれることは嬉しいのだけれどさ。

 連休前に処理しておこうと躍起になっていた仕事の山も大分低くなったことだし、なんかあれば業務端末が鳴るだろう。根を詰めるのも程々にしないとまた腰が痛くなりそうだ。


 連休に対してではなくスタジオに行ける喜びで足取りが軽くなる。早く帰って支度をしよう。今日は絶対に飲まないぞ!


 ……万が一のためにセキュリティキーは持ち帰っておこう。フラグにならなきゃ良いけど。

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