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#188 : 浄化

『ズっちゃん♡まだ飲んどるんかいのう?莉加っちは定時上がりでこれから帰るがよ♪』


 先手を打っておいたのが功を奏したのか、飲んでいることに目くじらを立てられなかった。


『お疲れ様。早く帰れて良かった良かったよ。後は若いモンに任せて先に帰ってきた。』

『莉ったんは明日はお休みやからゆっくりできるがよ♪若いモン?』

 四ツ谷を筆頭に参加者の名前を送る。覚えているだろうか……?


『こらぁ!ズっちゃんはしゃっち他のオンナと飲みに行きよる!アカンと言うたがやろう?』

 怒られはしたが先に帰った事実もあるので、ましろと優と飲んだ時よりかは詰められなかった。それにしても”他のオンナ”って、俺たちの関係はまだ始まってもいないのに。


『前にも言うたがやろう!今は無くてもこれからある、そう言うことじゃ』

 ”うんうん”と頷いている小鳥のスタンプと共に送られてくる。なんとなく莉ったんがスマホ越しに腕を組み、うんうんと頷きながら言っている光景が目に浮かぶ。

 理屈は解るが、俺が莉ったんを好きになる理由がまだ明確に見つからない。彼女は好意を伝えてくれる。説明できるような理由が無くても。


『ほんにズっちゃんはニブイ(煮え切らん)のう!何でもかんで理由が必要なんかよ!?』

 神谷に向かって言った言葉を思い出す。理由なんかいつも後付けだ。目の前に事象があって、それを対処した後に明確となる。理由と目的は別物だとわかっていながら目的遂行のための”大儀名分”を欲している。


『駅に着いたが!もしもし出来るかよ?』

 もしもし、電話が出来るかと聞いてくる。俺はまだ電車なので駅に着いたらかけ直すと送った。


『お着替えして待っちゅうがが、気をつけてな♡』

 莉ったんはこちらの都合を考えない、少々強引なフシがある。優ほどタチが悪くないが。自己の私欲の為になら形振(なりふり)り構わないような時がある。大井さんに見切りをつけたのも、瑠海に宣戦布告したのも彼女の”欲望”を満たすためなのだろう。

 確かに俺は自分の欲求を後回しにするクセがある。瑠海の時に治したつもりでいたが、これも俺の悪癖、一度染みついたひねくれ根性はそうそう治らない。


 改札を出て、ましろと会わないように迂回をしながら駅に着いたとメッセを送る。昨日もそうだったけどましろとは何もないのだから、もっと堂々としても良いのに。

 既読が付いた瞬間、莉ったんから着信が入る。


『駅に着いたかよ?今日はオンナの店にいったらアカンがよ?』

 のっけから釘を刺される。本能的にましろを避けたのは結果オーライと言うところか。


「今月は金欠病だから大人しくしてるよ」

『ズっちゃんはカタチに残らんモンにお金を遣いすぎなんじゃ!もっと自分に投資せなアカンがよ?」

 大井さんと付き合っていただけあってか、ビジネスライクな言葉が出て面食らう。瑠海とは違う視点で見られている、そんな気がした。


『ほいでなあ?人を好きになる理由が解らん、っちゅうことやけろ、莉ったんに対してかよ?』

「……多分、全員に対してだと思う。好意を寄せてもらえるのはありがたいのだけれど、俺にはそれに応えるだけのモノが自分の中で見つからない。結果として相手を失望させてしまう気がして。それなら最初から始まらなければ良いと思ってしまうんだ」

 大して酒を飲んでいないのに自分の事をベラベラと喋る。優にだって言えないようなことをすんなりと言ってしまう。ごく自然に本音、俺の弱さを曝け出せる。今まで無かった不思議な感覚……。


『ズっちゃんは頭ん中で考え過ぎるんよ。もちっと楽にしちょったらええけん』

「それは自覚してるんだけど、さ。歳のせいか意地や見栄が先に出てしまうんだ」

『人を好きになるんに”理由”が必要かよ?恋愛は理屈やない、『意志』なんじゃ。ウチの好きな太宰治の言葉やけろな』

 ……頭を金づちで殴られた気分だった。二の句が継げなくて押し黙ってしまった。


『ズっちゃん?どいたよ?』

「ああ、ごめん。莉ったんの言葉があまりにも的確過ぎて、さ……」

『莉ったんと呼んでくれちょる!しわいん(強情さ)も治ってきたがが!』

 言われてみればいつの間にか”莉ったん”が当たり前になっていた……。何時から?大して時間は経っていないに思い返すことが出来ない。


『メッセでも送ったけんろ、ゆっくりでええんじゃ。ズっちゃんはしゃっち(いつも)せわしいけんの』

「ゆっくり……?ナニをゆっくりするんだ?」

『決まっちょろう!莉ったんを好きになるっちゅうことじゃ!』

 前までならこの言葉に狼狽(うろたえ)えていたが、彼女には素直な気持ちになれているような気がする。人として、異性として、区別はまだ付けられないが俺の気持ちは好意を越して”好き”に歩み寄っている。恋だの愛だのの定義付けでは表現できない。これが人を好きになると言うことなのだろうか。


 ヒトを好きになると言う気持ちに17歳で鍵をかけ、誰にも悟られないように鎖を巻き付けて生きてきた。瑠海に糾弾され断ち切ってはみたものの、俺の恋愛偏差値はあの時から成長をしてない。もっと勉強が必要だ。例え恋愛でなかったとしても、もっと他人に興味を持って生きなければ俺はまた同じことを繰り返し自滅していくだろう。

 莉ったんと出会えたことに”運命”を感じた夜、満月から刺す光が心の汚れを洗い流してくれているような気がした。

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