#185 : クローゼットに隠したもの
勢いで口を吐いてしまった。神谷を放っておけなかったんだ。
柏木も同様の気持ちから声をかけてくれたんだろうな。柏木の一期上、そこそこ社会人経験はあるのに誰のせいであんなふさぎ込むようになっちまったんだか。
大勢の飲み会が苦手だったのかもしれない。柏木が自己開示したのも効いたのかもしれない。何はともあれ場所の確保だ。和田も来るだろうから沙埜ちゃんのとこにしよう。……俺が一人で行く勇気が無いだけだが。
莉ったんとナニかあったワケではないが、瑠海達の”知らなくても良い過去”を知ってしまった。本人達はそれこそ知らないだろうけど、勝手に覗き見したようでなんとなく足が重くなる。
それにしても沙埜ちゃんを”魔女っ娘”呼ばわりするなんて……。莉ったんは言葉遣いが汚いと言うより例えが辛辣だ。和田をチェリー、四ツ谷のことをチチデカ娘とか。
そういやあ”ナルシスト”って元泉のことか?改装のネタって言ってたし。そろそろあの競合他社がテコ入れをする。時間が経つのは本当に早い。
間も無く和田が帰社する時間。沙埜ちゃんのお店は十七時開店。もう起きているだろうからメッセを入れておく。
『おひさでーす!ありがとうございます!どっちも空いてるからおさえときますね!』
文章だけで元気が伝わってくる。最後に会ったのは会社の飲み会の時以来だ。人を好きになった気持ちに正直になれない俺を叱ってくれた。溢れそうな涙を思い出す。
”ワタシの気持ちからも逃げたんですよ?”
沙埜ちゃんの気持ちに気づかずに中途半端なことをして惑わせてしまった。ハッキリと瑠海が好き、莉ったんが好き、沙埜ちゃんが好き、そう言えれば良かったのか?好きってナニが好きなんだろう?異性として?人間として?会社の仲間として?定義付けや理由が必要なのは神谷ではなく俺の方だ。思考が迷宮入りしちまう。
気持ちの切り替えもスゴかった。女の子が、ではなく沙埜ちゃんがなのだろうな。あの若さであそこまで気を遣えるか?今年二回目の成人式を迎える俺ですら困難だ。
「お疲れっス!」
迷宮入りする前に和田がサルベージしに来てくれた。ったく、仕事に集中しろとあれだけ言ってるクセに自分のこととなると、本当に……。
「お疲れ。急にごめんね。実はもう用が済んでしまった、って言ったら怒られちゃうな」
「なんですとー!?って冗談っス!何かあったらいつでも呼んで下さい!」
「頼もしくなったな!じゃあ早速だけど、今夜は空いてるかい?」
「へ?空いてまスけど……?」
「良し!スタゲしに沙埜ちゃんのところに行くぞ!」
鳩が豆鉄砲を食った、とはこのことか。キョトンとしている。
「マジの助でござりまスか!?」
「なんだよ、それ。マジのマジで十八時で予約したから」
「ガッテン承知の助っス!」
和田の中で流行っている言葉なのだろう。春アニメの影響かな?おっと。主役を忘れてはいけない。
「神谷さんもお誘いしたから、時間と場所を伝えておいてくれないかい?」
「か、かえっぺも来るでスと!?どんな裏ワザを使ったでござるか!?」
「たまたまランチで一緒になってね。柏木さんもスタゲしたいって言うから皆でやろうって」
「かえっぺのシナリオ進捗が気になるっスね!この後に見積の作り方を仲村さんにレクチャーするのですが、定時で上がれるように尽力しまス!」
「お気持ちは嬉しいけど抜け漏れが無いよう、丁寧にね」
「了解っス!」
和田は気分の振れ幅が少ない。田口の下へ異動になった時は”この世の終わり”みたいな顔をしていたからついつい構ってしまったが。神谷みたいな”働くことが苦痛”みたいな気持ちは誰もが抱えているが理由は千差万別、本人にしか苦しみは解らない。
俺はお節介が過ぎるからついついアドバイスをしてしまう。本来なら本人の気持ちを傾聴するだけ、が一番の特効薬だろう。本人だって答えは解っているが気持ちが追い付かないのだから、余計な一言は言わない方が良い。
こういうことは人にはできるのに、自分に対してはとてつもなくヘタクソだ。いつも自問自答して思考の永久回廊を彷徨う。地平線も水平線も無い世界を。
四ツ谷にも確認をしたら、店舗巡回のOJTなので参加可能とのこと。これで……柏木、四ツ谷、別所、神谷、和田。総勢六名でゲームしようってんだ、引率者として些か気が引ける。会食で申請を上げようと思ったがレポートを出さないとならない。俺の時間を金で計算したら自腹の方が安い。皆、大して飲まないからな。メシ代はかかりそうだけど。
……俺の金欠病は進行するばかり。ボーナスが待ち遠しい。
(気まずい……)
和田から場所と時間を聞いた楓は直前まで悩んでいた。
溶け込めるだろうか?優劣を決めつけられないだろうか?自分を見られる事に抵抗がある。小畠も似たようなところがあるが、楓はまだ知らない。
(会費、払わなきゃ)
銀行に寄ってから店まで行こう。自分の気持ちを確かめるように言い聞かせた。余計な不安はクローゼットに仕舞う。
(大丈夫。バルドルは光の神。きっと……)
楓がまだ知らないことがもう一つ。小畠が見た夢の続きを。