表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/252

#19 : 迸る熱いメロス

 毎週火曜の研修も今回で3回目。そろそろ教える事も少なくなり、麻生の出来る事は増えていった。俺の密かな楽しみは終わりそうだ。


「と、こんな感じでプレゼン用のパワポは一通り終わりですが、ご不明点はありますか?」

「ありがとうございます。大丈夫、です。後は実践しながらスキルを磨いて行ければと、思います」

 タイプは辿々しいが、安心させるような強さを含んだ話し方だ。


「守破離の守、まだ小畠さんの型を守っていくので精一杯ですが…」

 タン、と碁石を打つように人差し指でエンターキーを押す。随分と古い言葉を知っているもんだなぁ。


「私なんて全部独学ですから、さっさと破って離れて下さい」

 笑いながらそう告げると、大きな瞳が困惑した様に俺を見つめていた。

「そ、そうですよね。小畠さんもお忙しいですから、いつまでも甘えてはいけませんよね…」

 アタフタしながら自問自答している…?そんなに俺と一緒にいたかったのか?なんか焦げ臭いと思ったら、ブレーキが効いてないじゃないか。暴走モード突入だよ、コレは。


「麻生さんってお若い見た目で……失礼。他意はないのですが古い言葉を良くご存知だな、と。何か影響とかあったのですか?」

 …やっちまった。私的感情から聞き出している。派遣先の上長と言う立場を利用した越権行為だ。暴走している!心の中で森に謝罪する。


「お若いだなんて…。そうですね、日本文学が好きで良く読んでいました。太宰治、芥川龍之介、夏目漱石。田舎なので遊ぶ場所も無くて、祖父の家にあった本ばかり読んでいました」

 照れくさそうに答える麻生の言葉を、一言一句漏らさぬ様に耳を傾ける。セクハラにはなってないようだ。多分。イケそうだとギアを上げる。無茶しやがって。


「それで、なんですね。私も多少の作品は読みましたが、そこまで造詣が深くなくて」

「私もそこまで明るい訳では無いのでアレですけど」

「人間失格は若い頃に読みましたが、やるせないと言うか、コレで良いのか?みたいな」

「わかります!太宰治の作品に共通する厭世観(えんせいかん)がなんとも…」

「走れメロスは教科書にも載ってましたが、読んでいて殊更に感動するような話しじゃないな、と」

「自分と反する人に自己解釈を押し付けるお話し、寧ろ暗殺しようして捕まって、その身代わりに友達を人質にする、とんでもない(ひと)です。メロスは」

 お互いの太宰治に対する感想を素直に述べ合う。ふふっと笑った大きな瞳が弓の様に形を変え、満面の笑みを浮かべている。


 こんな表情(かお)するんだ。

 目も心も奪われて行く。

 心が脈動する。血液が沸騰し、身体が火照り出す。


『ティロン♪』


 二人の会話を叩っ斬る様に、麻生の私物携帯(プラケー)にメッセージが届いた旨を知らせる通知音が鳴った。


「…申し訳ございません。マナーモードにしておいたのですが。失礼いたしました」

 っぶねー!今のめっちゃ危なかった!良くやってくれたよ、私物携帯(プラケー)さん!


「ウチは社内での制限を設けておりませんので、お気になさらずに。で、次週からなんですが、いかがいたしますか?」

 キーボードに滴たたるのではないかと思う位に手汗をかいている。背中は言わなくてもわかるだろう。搾れるくらいだ。


「小畠さんは、夏目漱石お好きですか?」

 へ?まだ続くんかいな?ワシ、もうあきまへんで。エセ関西弁でてもうた。

迸る = ほとばしる。何かが勢いを持って飛び散る、流れ出ていくさま。湧き上がるものが溢れんばかりに満ちている様子。

『-熱いパトス』

厭世 = えんせい。世の中をいとう事。生きている事がつまらないと思う様。

『-的な気分』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ