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#181 : 生きている証明

 瑠海はタクシーに乗って闇に包まれていった。

 誕生日の時のように、贈り物を大事そうに抱えて。



 独りで駅に向かって歩いていると、私物携帯がメッセを受け取ったと震える。


『やっと終わったがよ!初日から残業なんてかなわんが!』

 瑠海ではなくやっぱり莉ったんだった。今日が初日?ああ、研修が終わったのか。

 土曜日の話を蒸し返されてもアレなので、当たり障りなく返信をする。


『お疲れ様。今日から売り場だったの?』

『そうじゃ!OJT(現任訓練)やのに担当者が接客ハマって帰れんくなったがよ……!』

 文面から察するに、残業になってしまってご機嫌がよろしくない様子。


『それはとんだとばっちりだったね。本当は何時までだったの?』

『20時30分やけど残業じゃ!』

 今が二十一時過ぎ、俺からしたら”たかが三十分”だけど、他の人からしたら”貴重な三十分”なのだろうな。俺の感覚でモノを言ってはいけない。完全に社畜化(マヒ)している俺が。


『ズっちゃんはもう帰ったんかよ?』

 ……瑠海と飲んでました、は火に油どころかニトログリセリン。激しく燃えてしまう。

『ああ。これから帰るところだよ』

 彼女にウソをついた。別に付き合っているワケでも無いのだから気にすることは何も無いのに。


『ズっちゃんもお疲れやったのう!気をつけて帰るんやぞ♡』

 疲れてなんかいない。彼女の優しさが罪悪感に染みる。


『ありがとう。莉ったんも気をつけて』

『ありがとうなあ♡』

 今日は愛情表現はしないんだな。何だか拍子抜けする。何で?もしかして期待してたのか?アホらしい。さっさと帰って飲み直しだ。



 電車に揺られながら瑠海の涙の事を思い返す。


 ”胸騒ぎ、とでも言うのかしら”

 運命や迷信じみたことは否定派の彼女が直感を選択し、焦燥感から連絡してきた。なのに俺ときたら休みを潰され、スタジオで曲を弾けず、委託先の杜撰な仕事ぶりに腹を立てていた。

 四ツ谷にもあたってしまい、優の饒舌さも沸点を高める要因となり、自棄になって酒に溺れた。彼女の”助けて”にも気づかないまま。


 ”この花はご存知?”

 四ツ谷もそうだったけど俺は花には詳しくない。瑠海が見ていたから選んだだけだ。莉ったんにも羊羹を送って勘違いされてしまっていたな。


 ”忘れな草”

 あの小さな花はそんな名前を持っていたのか。色で選んだからそこまできちんと見ていなかったし、見たとしても俺にはわからなかった。わかっていたら贈ったのか?贈らなかったのか?それすらもわからない。


 ”花言葉は、私を、忘れないで”

 土曜日に連絡があった。瑠海にしては珍しいこと。いつも仕事帰りのまま飲みに行き、大抵はそのまま朝を迎える。太陽の下を一緒に歩いたのは一度だけ。

 彼女と初めて会った時から一挙手一投足、忘れたことは一度だってない。雪の日の後に叱責され、追い込み時期に浮ついていられない、そう思いふさぎ込んだ時くらい。


 ”土曜日に感じた気持ちはこれだったのね”

 女の勘と言えば簡単に表現できるが、そう単純なことではない。人間は自分の知識、認識の範疇外の事柄には脳が処理できない。


 誰も見たことが無い宇宙の事象を今ここで証明しろ、なんて無理だろう?だから頭の良い科学者が事象に名前を付け、凡人にも分かるように説明し、それを聞いて俺達は安心感を得る。太陽フレアにも意味があると。


 殺人事件のニュースが流れた時、皆が気になるのは犯人の”動機”だ。なぜ殺めることにまでなったかの道順を知りたがる。

 そこに理由が定義付けられると、動機に自分が当てはまっていないか見返すことが出来る。怨恨、金銭トラブル、男女のもつれ、いじめ……。様々な名前が付いているから()()()()()()()


 誰だってエイリアンに意味もなくただ喰われることを良しとしない。”地球侵略”だったり、”陰謀論”と言う”動機”があるから喰われた理由がわかるし、喰われた故人を偲ぶことが出来る。


 俺達の古代の祖先は人知を超えた事象を恐れ、”神”や”奇跡”といった口当たりの良い言葉で誤魔化してきた。そのツケは理解するものが増えてきた現代に払わせようとしている。


 明日死ぬかのように生きよ、とはガンジーの言葉。


 俺は今、死んでも後悔しないくらい生きているのか?退廃的に生きて、自分を顧みることをせず、快楽に流されている。そんな俺は生きているのか?

 ……誰か、俺に生きている証明を与えてくれ。俺に理由を、名前を付けてくれ。


『ご乗車、ありがとうございました……』

 ましろに見つかるのがなんとなくキマリ悪くて、違う改札から遠回りして帰路へ。


 リンの、マリさんの、四ツ谷の、瑠海の言葉にどこかビビっている俺がいる。皆して俺の死を予感したような口ぶり。そんな見えない敵と戦うことにも疲れてきた俺は、忠告から逃げるように浴びるように酒を飲んだ。

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