#177: 記憶の独り歩き。
頭痛が酷すぎて目が覚めた。
この俺が珍しく二日酔いで死にそうだ。
昨日、ほぼ寝てない状態で飲み過ぎてしまった。もう若くは無いのだとカラダが訴えてくる。
優もましろもベロベロだった気がする。こちらも珍しく思い出が迷子になっている。
確か……、テキーラ大会をおっぱじめて、途中で店のテキーラが足りなくなって、ウォッカになって……?その後の記憶が曖昧でアヤシイ。ましろを潰しちゃったからお店のママさん(と言ってもかなり年下だが)に謝罪をして、ましろのタクシー代を渡した?
財布を開いてみるとものの見事に万券が消えている。普段から大金は持ち歩かないが、三人くらいは鎮座してした、よな?
これまた珍しく着替えずにぶっ倒れたらしい。お気に入りのコートがシワクチャだ。クリーニング出さなきゃと思いコートのポケットを弄ると、右側からカードの明細が出てきた。
「なっ……!?」
思わず声を上げちまうくらい良いお値段だった。一人でましろの店に行くときの五倍近い値段だ。この俺が通うくらいだ、ボッタクリは決してない。明朗会計だから安心してましろにも飲ませられる。流石に羽目を外し過ぎた。
二日酔いの頭痛はアセトアルデヒドが主な原因。スポドリとかを飲んで血中から追い出してしまう以外、治る方法は無い。
フラつく頭を抱えながら冷蔵庫を開ける。俺ん家にスポドリなんかあるワケ無いだろう?ハング―オーバー、迎え酒だ。一番やってはいけない二日酔い対策。とは言えさすがの俺もこれじゃキツイので、缶に入ったトマトジュースとビールを半分ずつ割って、そこに塩とレモンを絞って出来上がり。
喉越し最高なドライビールを割ってしまうことに罪悪感が生まれたが、残りはちゃんと飲むから勘弁しておくれと缶にごめんねのキスをする。
「アッタマいてー……」
誰が聞いているワケでも無いのに独り言が出てしまう。これも歳のせいかしら?そういや誰かも頭が痛くなるからあんまり飲まないって言ってたな?誰だっけ?確かむちゃんこ可愛い仕草で、こう、クルクルっと……麻生だ!
急いで私物携帯を開く。時間は昼を過ぎていた。アレ?思ってたよりメッセが少ない?
俺のことだ、メッセをしないままベロベロになってタクシーで帰って……って、ギター!?一気に血の気が引いていく。酔い覚ましには効果がありそうだが、頭痛には追い風になるだけだった。
「あっぶねー!」
ちゃんといつもの定位置にケースとエフェクターが置いてあった。俺の帰巣本能よ。助かったぜ。もうギターを持ったまま飲み行かないからな。ケースを開けて確かめるが特に異変も無かった。
一息ついてリビングに戻る。なんか忘れているような……?あ、スマホ。こめかみを締め付けられる痛みは引かない。くそー!自業自得だけどさ!
スマホのメッセアプリには数字が”3”としか表示されていない。てっきり弾幕張られていると思ったのに。アプリを開いてみる。
『カジ、この霊はこのは落としずケ瀬』
優は何かの暗号めいた分を送ってきている。文面と昨日のことから想像するに、”カズ、この礼は”までは解読できたが木の葉落としが解らない。回転するテールスライド?
『おはよ~!さすがに飲み過ぎた~!ちゃんと帰れた?』
ましろは先ほど起きてメッセを送ってきたらしい。飲ませすぎてしまったから心配したけど無事そうで良かった。
『今夜のご予定は?』
この簡潔なメッセージ、瑠海だ……!日付は昨日、まだましろの所で飲んでた時間だ!以前、一回だけ意図的にお断りをしたけど、悪意のないシカトは逆にくるな。
はて?莉ったんからのメッセが無いのはナゼだ?彼女の名前の部分を開いてみる。
「……へ?」
思わず声が漏れた。時間は退店した位の時間から深夜までやり取りをしていた。お互いに、絵文字とスタンプ、♡マークが咲き誇る文面。
『まだ飲んじょるのかえ?』
『また、飲んてます』
……俺も優のことを言えないくらいヒドイ文だった。
『ズっちゃんがおウチ帰るまで莉ったんとメッセしような?』
『ありがと』
『言葉じゃなく態度で示してほしんやがのう♡』
『どうっやて』
促音の位置を間違えている……。
『この前、絵文字とスタンプを送ったがやろ?アレを使うて愛情を示すんや♡』
『こうです♡か?』
もう、読みたくない……!二日酔いとは違う意味で頭痛がしてくる。
サルベージしていくと途中で文が途切れている時間帯がある?
『お話できて嬉しかったがよ♡莉ったんも愛しちょるからの!』
も!?”も”って何だ!?
これが、彼女との最後のメッセだった。時間は深夜二時過ぎ。ましろの店からウチまでタクシーで十分そこそこ、ってことは天辺越えてまで飲んでたのか!シワクチャのコートをさらに弄ると胸ポケットからタクシーのレシートが出てきた。時間は……十二時!?
ってことは、それから二時間近く話しこんでたってことか?ヤバイ。記憶が置いてけ堀だ。とりあえず皆に返信をしておく。瑠海には謝罪も込めて。
昨日のうちに家事を片付けておいて良かった。この調子で一週間分の洗濯なんてできない。が、地獄のアイロンがけが待っている。もう少し酒が抜けたらやるかぁ。
俺の心もシュッとアイロンをかけられたら良いのに。そう思いながら瑠海の家にあったアイロン台を思い出す。アレ、使い勝手が良かったよな。アイロンをかけないといけないのは莉ったんとの会話だ。それとなく、ナニを話したのか聞いておくか?それとも正直にバンザイするか?
二日酔いの俺にはどちらも酷なこと。ハングオーバーをもう少しだけ飲ませてくれないか。