#174 : Real Badman.
四ツ谷とは途中の駅で別れた。
電車が発車するまでずっと見送ってくれたのは嬉しいやら恥ずかしいやら。
この後に店舗に戻らなきゃだからあんまりゆっくりしていられない。別所も一人で心許ないだろうしな。
『まもなく……』
会社がある駅を通り過ぎ自宅の駅へと向かう。本当に仕事と酒しか無いな。俺の人生。
一旦、ギターを置きに帰宅しようかとも思ったが出不精な俺のことだ、今度は出るのが億劫になる。ハードケースに入っているから傷はつかないが、何かあったらと思うと心配になる。心配性なのも俺のチャームポイントだ。
「やほー!それ、ギター?」
「おいっす。そうそう」
音をたてないように静かにギターを置く。席一人分使っちゃうな。
「ビール?」
「金欠おっさんだけど、唯一の楽しみだからな。ましろもどーぞ」
「ありがとうー!そう言えばお返し渡したの?」
「やっべ!忘れてた!」
「あげないならちょーだーい!」
本心ではないだろうが、物欲しそうな目つきを見逃さなかったぞ。ってか早く渡しとかないと。
「おつかれー!」
「確かに疲れた気がするかも?」
まともに寝てないからな。昼飯をあんなに喰ったから身体が重たい。
「先に始めてんのかYo!」
アホが来た。今日は上下スウェットにセカンドバッグを小脇に抱えている。いつの時代のヤンキーだよ。
「のすたるじーがあって良いダロ?」
渾身のドヤ顔で見せつけてくる。格好よりもコイツの頭ん中を見てみたいな。
「カズから誘うなんて珍しーじゃんか?」
「この前ましろをフっちゃったからな。一人でも良かったんだけど、ふとお前の顔が浮かんでよ」
「オレサマにホレたんか?」
「気色悪ぃー!」
「カズさんってそっちの趣味があったの!?」
やけに目を輝かせて聞いてくる。俺は普通だってば。
「こいつは学生時代からドッチにもモテたんだよな!」
「語弊がある言い方はよせ。慕ってくれてただけだ」
「カズさん面倒見が良さそうだもんね!」
短期間の付き合いだが、ましろには色んな面を見せている気がするし、見られてもいる。
「そういやあギターまだやってんダ?」
「久しぶりに焚きつけられて、な。とは言えスタジオに入ったらスグに仕事のトラブルで弾いてないけど」
「昔からギター弾いてたの?」
「小学校四年から独学でずっと、な」
ゴミ捨て場にあった傷だらけのギター。実家にまだ取っといてある。俺の友達の一人だ。
「文化祭の時は気合入りまくってよ、本番まで誰も近寄らせないでずっと練習してたよな!」
「黒歴史を紐解くんじゃあ無いよ」
「文化祭でライブってカッコ良い!憧れる!」
吸血鬼の仮面は被ってないが、称賛されてなんか照れくさくなる。
「ライブが始まるとワ―キャーうるさくてヨ?俺のオンナまでキャーキャー言ってたかんな!」
ウケが良い曲しか演らなかっただけだ。ライブ後半は誰も知らない曲ばかりで観客はポカーンとしていた。
「最後の年のヤツが一番スゴかったんだゼ?」
「ナニナニ?」
「ったく人の黒歴史をペラペラと……。最後の年はレパートリーを全部やったんだ」
「全部!?何曲くらいあったの?」
「曲数は覚えてないけど、時間で言ったら四時間はぶっ通しでやってた」
部活の存続の危機だった。後輩で楽器を演奏するヤツが入らなくなり、残りのメンバーだけではライブが出来ないから、最後の思い出として全員の持ち曲を演奏した。
「センコーまで総動員で見に来てたよな?」
「見に来たんじゃなくて止めに来た、の間違いだろ?」
文化祭が終わっても音を出し続けてたから、近隣から苦情が入って止めに来た。先生達も本当は止めたく無かったと後から聞いた。俺たちの気持ちを汲んでくれていたんだ。
「カズさんって色んな引き出し持ってるね!」
「この引き出しでメシが喰えりゃあ最高なんだけどな」
「夜には戻らねーのかよ?」
「今の俺にはキツイかな」
「カズさんやっぱり夜の世界にいたんだ!?」
同業者にはニオイがわかるらしい。それを嫌って素人を求めるヤツもいるくらいだからな。
『ヴヴッ……』
優は横に居るのに私物携帯が鳴く。誰だ?
『おつかれちゃん♪お仕事は終わったかよ?』
麻生だ。終わったら連絡しろと言っていたな、こちらも忘れていた……。
『お疲れ。仕事は片付けて、友達と飲んでるよ。』
送った直後、電話が鳴る。もちろん、彼女だ。
『ズっちゃん!お約束したがやろ!』
のっけからトップスピードで怒られる。
「ごめん。普通に忘れてた」
『あかん!あかんがよ!莉ったんがどればあ心配しちょったかわかるがか!?』
何でこんなに怒られなきゃならないんだ?俺の女でもないのに。瑠海に絞られた時を思い出す。
『お約束はちゃんと守らなあかんと言うとるがよ!子供にもちゃんと守れと言うがやろ!?』
「お、俺には子供いないから……」
『部下やったらどうなんじゃ!期日守らんと怒るやろう!?』
「それはそうだけどさ……」
『莉ったんとのお約束もちゃんと守らなあかん!解ったかよ?』
「……わかったよ。ごめん」
理解はできるけど納得がいかない。束縛?みたいな感じを受ける。
『お友達とどこで飲んでるんじゃ?』
正直にましろの店の形態を伝える。後でバレたらもっと言われそうだ。
『かあーっ!こんのわりことしめ!そんなとこに行ったらあかん!』
「別に良いじゃないか!悪いことはしていない!」
つい、声を荒げてしまった。でも、怒られる筋合いはないだろう?
『莉ったんがおるんじゃ!他のオンナと遊ぶんはダメじゃ!』
「そうは言っても俺たちはナニも無いだろう?」
昨日だって無事に送り返した。間違いは起こしていない。
『今は無くてもこれからあるんじゃ!やからオンナ遊びはいかん!』
昨日の料理屋のポスターを思い出す。激情型の人が多い土地柄なのか?
その後も散々に詰められ、席に戻ったのは十分も経ってからだった。
「お仕事?大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
「ウソくせぇな?コイツはウソがヘタだから、顔見りゃわかるんだヨ!」
コイツともかれこれ二十年以上の付き合いだ。見抜かれてしまう。
「わかった!彼女さんでしょ!?」
飲みかけたビールを吹き出さないようにガマンしたら鼻から出そうになった。女の子って皆カンが良いんだな。