#18 : デジタルから見えないアナログ
「そこはコピペで貼り付けましょう。マウスを使わずに、CtrlとCでコピーして、CtrlとVで貼り付けです」
「は、はい。Ctrlが見つからないのですが…、あっ、ありました!コレとCを押して、貼り付けたい所にVで…、で、出来ました!」
社内でも1、2を争う俺のエクセル術を、超初心者の麻生に叩き込む。コピペ程度で威張れないが。
「データ入力が終わったら、販路毎に纏めていきます。販路名と販売数にセルを移動して下さい」
「はい…、こ、こうですか?」
左から戸惑いながらも、着いていこうとする意欲が伝わる熱意で麻生が聞き返す。
「はい。そのままAltとAでデータを呼び出します」
「Alt…Alt…あっ、コレだ!から、Aを押すと、なんか出てきました!」
「そのままTでデータにフィルターをかけます」
「T…なんか三角印が出ました!」
「そのままAltと矢印キーの下を押して下さい」
「販路名が並んでます!」
「その中から必要な販路を選択します。矢印キーの上下とスペースで選べます」
この位のデータなら迷わず選択出来るだろう。麻生の吸収力はスポンジのようで一度言った事はしっかりと記憶され、同じ事を繰り返さなくても良く教える側としてもありがたかった。覚えようとしないヤカラは何度言っても忘れるからな。
「後はこの作業の繰り返しです。報告内容に関しては問題無いと思うのでそのまま報告して下さい」
「何故そう思われるのですか?」
「森の退職前にお邪魔させて頂いた会議で判断しました。いや、想像以上でした」
「い、いえ、私なんて、そんな…」
謙遜だろうか、小さく小さな顔を横にふるふるする。大きな瞳は閉じられたまま。可愛いすぎるだろ。もうブレーキなんかとっくのとうに壊れている。それでも平常心を保てているのは森の事があったからだろう。
「…ところで、あの時に同席した四ツ谷と思ったんですが、どこからあんな情報を?森の担当販路圏内のデパート改装、しかも来年の6月の話を」
このタイミングで疑問に思っていた事を聞いてみる。
「知り合いに情報通の方がいまして、森さんと同行が終わった後、その方に色々と伺っていました。偶然なんです。なのにあんな言い方してしまって…」
バツが悪そうに俯き加減で回想している彼女から、申し訳ないと言う感情が溢れていた。
森が言っていた心ここに在らず、は麻生が独自にリサーチしており無償残業して疲れていたからか?
「我々にとって情報は宝です。競合他社より多くの情報を持てる環境にいる事はとても幸運な事です。ですから、ご自身を責めるような言い方はどうか…」
「確かに恵まれた環境だと思います。ですがさも自分の手柄の様なモノの言い方に辟易してしまって…」
「間違いなくそれは麻生さんの力です。使えるモノは何でも使っていかなければ勝ち続ける事は至難です」
「は、はい…。ありがとう、ございます」
少し腑に落ちないと言った具合に、喜ぶべきなのか戸惑いがちに返事をする。
「ただ、情報は時に宝でも有り、時に毒となる事も有ります」
「毒?ですか?」
「その情報に嘘が仕込まれていた場合、自分の足下を掬われる危険も含んでいます」
「そう、ですね…。私もその方のお話だけで、自分で確認もせずに発言してしまい心持ちが悪い気がいたします。もし新装開店が誤った情報だった場合、私が毒を飲む事になっていたかもです、ね」
ウラ取りしなかった事を悔やんでいるのか、毒づいた事を気にしていたのか、どちらとも取れる言い方で麻生は独りごちた。
やおら小さなメモ帳を取り出しこれまた小さな字でメモを書き込む。小さな字は麻生の可愛さとは比例にならない位、可愛くない字であった。とてもクセのある字だ。
自慢じゃ無いが俺の字はそれなりに綺麗だと思っている。学生の時分に国語の先生に言われた一言がキッカケだった。
『字はその人の本質を表す』
それ以来、書道、ペン字を習いどうにか自分の悪筆を直した。確かに先生の言う通り、字を見るだけである程度の人となりが判る様になってきた。
麻生の独特な文字に味わいを感じるのは、書いている本人の真っ直ぐさ、ひたむきさ、可愛さで補正されているからなのだろうか。