#2 : アンタ、あの娘のなんなのさ!
「先日はどうもありがとうございました」
お互い頭を下げながら挨拶し、着席を促す。
大井さんは今回のプロジェクトから付き合いだした取引先の営業だが、若いのに遣り手で仕事ができ、痒い所を掻いてくれ、実に良い人材を紹介してくれる。
そしてなりより男女共に紹介者は美形が多い。そう、今回に限ったことでは無いのだ。前回は可愛いと言うより美人、と形容する方がしっくりくる。誰もが振り返り、モデルでも通用するほどの別嬪だ。
なのに俺は、前回とは正反対の、大きな瞳をした幼さの残る彼女を横目に少し動揺している。
断じておくが、そう言う趣味は持ち合わせていない。
「では、自己紹介と職務経歴をお願いします」
努めて平静を装って彼女に伝える。
「はい!本日はお忙しい中、貴重なお時間を頂戴し誠にありがとうございます!麻生莉加、28歳です」
え?28歳!?どう見てもJC位にしか見えんが……?
新卒じゃないのかと驚いた表情をしていたら、大井さんが笑みを浮かべてウンウンと頷いてる。細工は流流、仕上げを御覧じろと言うことか。
「前職までは販売を主に行なっておりましたが、年齢、家庭の事もあり、営業を通して一段上のステージに挑戦したく、僭越ながら応募させて頂きました」
見た目に反してしっかりとした言葉遣い、古風なイメージが更に彼女の魅力を引き立て、せせらぎのように聞く者を安心させる声に耳を澄ませていた。
「ご丁寧にありがとうございます。麻生さんは販売がメインと言う事で営業は未経験なのですね?今回は営業経験者の応募となるのですが……」
そう問いかけると待ってましたと言わんばかりに大井さんが割って入ってくる。
「小畠さんの仰る通り麻生は販売がメインでしたが、前営業がしっかり引き継ぎ、教育し、営業のなんたるかは全て叩き込んで有ります。また、弊社内で事務兼営業補佐として私とOJTを行っておりますので、御社の即戦力になりますよ!」
大井さんも確か彼女と同い年位だろうが、グイグイとアピールをしてくる。相当な自信だ。その彼がここまで言うには然るべき事は行なって来たのであろう。よし、少し意地悪な質問をしてやるか。
「大井さん、ありがとうございます。実務経験はこれからという事ですね。これは期待出来そうだ。では麻生さん、単刀直入に営業とはどんな仕事だとお考えでしょうか」
この質問をすると付け焼き刃の連中は大抵黙り込んで助け舟を出してもらうか、頓珍漢な自論をお披露目してくれる。勿論、明確な答えなぞ存在しない。その人となりを確かめるための質問だ。
俺だったらどう答えるか?プロジェクトを拡散し、賛同者を集め、継続して応援してもらえるようにアフターケアも怠らない事。
端的に言うなら自分の行動が売上や利益に直に反映される仕事で、御用聞だと思っている。
「はい。私なりにですが、営業とは売上に直結する仕事と捉えております。現場のフォローや取引先様との関係の維持、併せて新規開拓による事業拡大を担う重要な職務だと思っております」
……完璧だ。かくも堂々と自身の考えを話してくれた。答えまで俺の好みだ。そっと心のブレーキをもう一段、強く踏み込んだ。
「素晴らしいお考えをお持ちですね。正直な話し、大井さんが助け舟を出すものと思ってましたよ」
「小畠さんは毒が無いように見せかけて、笑顔で人を刺してきますからね」
全く嫌味のない回答が彼を殊更遣り手だと思わせる。釣られてこちらも自然と破顔する。
成程。これだけあれば実践投入も問題無かろう。正直、営業未経験者の方が世の中はるかに多いのだ。前任者からの引き継ぎに、遣り手の大井さんと同行していれば直ぐにコツを掴んでモノになるだろう。
「あれ?誕生日6月30日なんですか?私も同じ日ですよ。年は大分違いますけどね」
と苦笑しながら伝えたら、彼女が少しはにかんだ気がした。俺は心のブレーキを目一杯踏み込み、サイドブレーキまでかけた。危ない危ない。
ん?家庭って言ってたような気がするが、さて。