#173 : アザレアからの伝言
なんとなく気分でメシに誘ってしまった。四ツ谷とは色々あって距離が出来ちゃったけど、沙埜ちゃんのおかげで今は普通に会話ができるくらいまでになった。けど、実際にナニを話せばいいのかわからなくなる。
「お腹、どれくらい空いてる?」
「課長よりかは少ない程度です!」
あんだけデカい腹の虫のコーラスを聞かれたんだ、言い逃れはできないな。
いつもは相手の顔色を伺いながらアレコレ考えていたけど、今日の腹はもう決まっている。トンカツだ。
あの日の夜を思い出して、ではない。俺は今、野菜に飢えている。キャベツ。大盛りのキャベツを胃袋いっぱいに満たしたい。
一人暮らしで自炊はするものの、作りながら酒を飲んでしまう。キッチンドランカーってヤツだ。そんな事ばかりやっているとついつい酒のアテしか作らなくなるから生野菜を買わなくなる。みずみずしい千切りキャベツを想像しただけで胃袋がキュっと締め付けられる。
「俺の腹具合でトンカツだ!行こう!」
「は、はい!」
こんな可憐なお嬢様を脂ぎったトンカツ屋に連れていくことに心苦しくなるが、喰いたいモンは喰いたいのだ。イヤなら四ツ谷もちゃんと拒否をするだろう。
「課長はトンカツがお好きなのですか?」
あの日の夜の事を覚えていたのか!?ソースもついてない衣だらけの揚げ物をトンカツと呼んではいけない。
「トンカツよりもキャベツが食べたくてさ。ここ最近は野菜を食べてなくて。お昼から重たいけど付き合っておくれよ?」
「そうでしたか!課長がお食事を召し上がっているところをあまり見受けませんもので」
そらそうだ。俺はデスクワークで四ツ谷はいうなれば”遊撃隊”、案件ごとに勤務地が変わるから社内にほとんど居ない。居たところで俺は社内で食事は摂らない。食べている姿を人に見られるのがイヤで一人で外に食べに行く。人間の三大欲求を見られることに抵抗がある。せ、性欲も、か。
「まあ!キレイなアザレアですね!」
ヘンな事を想像した俺の顔と同じくらい赤く咲いたアザレアが、駅前の花壇いっぱいに咲きほこる。春の花?だったような。
「もうすぐ初夏、GWも間近だしまたぞろ忙しくなるね」
「昨年は入社したばかりだったので忙しい度合いが測り兼ねましたが、今年はしっかり見極めて対応できればと思います!」
このコは本当に純粋だな。俺が同い年くらいの時は休みの予定しか考えなかったし、永遠にGWが続かないかとアホなことしか考えなかった。仕事のことなんか二の次、三の次よりもっと下だった。
駅ビルに直結している商業施設に向かい、エレベーターでレストラン街まで上がる。四ツ谷もエレベーター内では黙っていた。他に人がいないから喋っても良いものなのに、なぜか口を閉ざしてしまう。不思議な空間だよな。
お目当てのトンカツ屋は昼飯時を外したのですんなりと入れた。ちゃんとキャベツは食べ放題だ!俺が敬愛するアルピニストであり冒険家も、北極から帰還した後にトンカツ屋でキャベツを食べまくったというエピソードがある。子供の頃に読んだ本のエピソードをまだ覚えている。いや、忘れられないんだな。
「俺はロースを」
「私はヒレのごはん少な目でお願いいたします」
そういやあの時も小さなパスタに小さなサラダを食べていたような。あれほどの破壊力を持っているのにそんなんで足りるのか?目線が自然と顔から下へと移ってしまう。やめなさい。
「……課長?そんなにたくさん召し上がって大丈夫ですか?」
四回目のキャベツお替りで流石の四ツ谷もツッコミを入れる。我を忘れて食べてしまった!気の置けない相手だから、つい。
「失礼。お見苦しいところを見せてしまったね」
「とんでもないことです!課長は綺麗に召し上がるので見苦しいなどとは!」
確かに食事の際は気を使っている。音を立てない、口に入れたまま喋らない、お皿をキレイにしながら食べる、などなど。高校生の時のバイト先で散々に叩き込まれたからな。学校のマナー研修で講師からウチに来ないかと言われたほどだが、誰にも自慢できるような特技ではない。
「身体が欲している、と言うことは体調がすぐれないのですか?」
「うんにゃあ、ただの偏食がたたってるだけさ。大丈夫だよ」
「それでしたら良いのですけれど……。先ほどのアザレアの花言葉はご存知でしょうか?」
キミに送った花すら知らないのに、その辺に生えている花なんか更にわからないよ。
「アザレアは”節制”と言う花言葉があるのです。元は乾燥地域でも耐えられる花だったので、その名を冠したと言われております」
「お花、好きなんだね?」
「う、家の花壇にも生えているので!」
今度は四ツ谷がアザレアのように赤くなる。
「なんで”節制”なの?」
「乾燥した土地に咲くことからの連想のようです。その言葉の中には”禁酒”も含まれております」
”禁酒”の部分を強調して解説してくれる。う、何も言い返せない……!
「お酒がお好きなのは良いこととは思いますが、健康面も気を使って飲んでくださいね?」
「は、はい……。以後、気をつけます」
女医さんに怒られている気分だ。
「そ、そんな謝らないでください!」
今度は青白くなる。忙しい顔色だな。っと気ぃ遣わせちゃうな。
「今日は約束があるから飲むけど、明日は少し量を減らすよ!」
「少し、ですか?」
花言葉のように”禁酒をしろ”と言わんばかりの目で見られる。うぐ。
「は、半分だけ……」
「花言葉は”禁酒”、お酒を召し上がらないと言う意味です!」
「す、すんませんした―!」
少しベタつくテーブルに頭をこすりつける。俺、女の子に怒られてばっかりいる気がするな。